核融合発電実用化に向けドイツが研究助成に本腰

エコシステム構築支援に5年間で10億ユーロ超投入 -LRI Energy & Carbon Newsletterから-

今年3月、ドイツ政府が核融合発電実用化に向けた研究の助成プログラム“Fusion 2024”を発表した。日本が核融合産業化国家戦略を発表して約1年遅れての政策的着手であるが、同分野に2029年までに10億ユーロ超を投資する[1]。2月に発表した新パワープラント戦略の主軸は、2030年の石炭火力発電撤退を視野に入れ、火力発電燃料を水素に移行するためのH2 ready発電所の推進に置かれているが、数十年先のカーボンニュートラル社会では新たなベースロード電力として核融合発電に大きな貢献が期待され、その実用化で一番乗りを目指すと意欲満々である。 “Fusion 2024”の使命は、官民提携の実用化研究による総力結集でドイツ企業による核融合発電所を実現するため、国内の産業界、スタートアップ企業、学術機関のエコシステム構築を支援することである。

 

核融合研究の国際的な進展
太陽のプラズマによる核融合をモデルにした核融合発電の目的は、微量の燃料から膨大なエネルギーを作り出し、人類が恒久的に利用できるようにすることである。燃料資源を安定的に調達できる、CO2を排出しない、さらには原子力発電に比べ放射線汚染事故のリスクが非常に低く安全性が高いことが長所とされる。核融合実験炉での研究では、米国のローレンス・リバモア国立研究所(Lawrence Livermore National Laboratory 、LLNL) の国立点火施設(National Ignition Facility、NIF)が2022年に、レーザーを用いた慣性閉じ込め方式(Inertial Confinement Fusion)による核融合(レーザー核融合)でレーザー照射エネルギーを超える核反応エネルギーを獲得した。また、欧州では2023年10月に、核融合研究コンソーシアム、ユーロフュージョン(EuroFUSION)が、英国の欧州トーラス共同研究施設(Joint European Torus、JET)で進めていた核融合発電プロジェクトで、磁場閉じ込め方式(Magnetic Confinement Fusion)のトカマク型核融合実験炉で0.21mgの燃料(重水素とトリチウム)から6,926万ジュールのエネルギーを放出することに成功し、世界最高に達した[2]。これらの研究成果が、核融合発電をドイツのエネルギー政策のフロントラインに押し出す“約束手形”になったことは明らかである。

 

ドイツの核融合研究の取り組み
連邦教育研究省がこれまで核融合研究の助成を行っており、近年の投資額は年間1億5,000万ユーロ超に上る。核融合実験炉の実現を目指す超大型国際協力プロジェクト、ITER(国際熱核融合実験炉、イーター)[3]に参加する以下の研究機関に加え、スタートアップ企業にも新たに支援を提供している。

マックスプランク・プラズマ物理学研究所(Max Planck Institut fur Plasmaphysik=IPP):
核融合研究のドイツ総本山である。本拠地ミュンヘン近郊Garchingでは核融合炉 Tokamak ASDEX を使って磁場閉じ込め式トカマク型(ドーナツ形状)核融合シナリオの開発、周辺プラズマ物理学、周辺プラズマと炉壁、ITERの技術・診断などに取り組んでいる。近隣のGreifswaldでは世界最大のステラレータ型(ヘリカル形状)の磁場閉じ込め式核融合炉Wendelstein 7-Xを使い、2018年からベースロード発電所としての稼働の可能性を研究している。

カールスルーエ技術研究所(Karlsruher Institut fur Technologie、KIT) およびユーリッヒ研究センター(Forschungszentrum Julich、FZJ):
プラズマと反射炉壁の相互作用、材料疲労、マグネット、燃料サイクル、熱管理に取り組んでいる。

スタートアップ企業:
Gauss Fusionは2022年設立の、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの企業によるグリーンテックベンチャーで、今年4月初め、総額3,500万ユーロの資金調達を行い、連邦教育研究省から900万ユーロを獲得した。磁場閉じ込め式でのエネルギー放出に使われるマグネットコイルの生産と刷新に取り組む[4]。

Proxima FusionはマックスプランクIPP初のスピンアウト企業で、新しい高性能ステラレータ装置を開発し、2030年代の早い時期の投入を目指す。2023年の設立直後のプレシード期資金調達でベンチャーキャピタルなどから700万ユーロを調達した[5]。

Focused Energyは2021年発足のダルムシュタット工科大学(Technische Universitat Darmstadt)のスピンオフ・スタートアップ企業で、慣性閉じ込め方式のレーザー核融合の開発に取り組む。2023年5月にシリーズA資金調達で1,100万ドルを調達した。また、レーザー核融合インフラ開発資金として、ドイツの革新イノベーション庁SPRINDから5年間で5,000万ドル、同社の本社があるヘッセン州から300万ユーロの助成金を受けている[6]。

Marvel Fusionは商業運転の実現性があり、安全性の高いレーザー核融合発電プラント技術の開発に取り組む。2022年にシリーズA資金調達で3,500万ユーロを獲得した。将来の電力供給先として独Siemens Energy、独製作機械大手Trump、仏電機大手Thalesと提携している[7]。

 

現時点では、マックスプランクIPPが取り組む磁場閉じ込め式核融合は、米NIFのレーザー慣性閉じ込め式に対し連続運転を実現しやすいと見られる反面、プラズマをコントロールするための巨大な炉心に膨大な建設費がかかることが短所とされる。ただ、どの方式・形状型をとるにせよ、エネルギー効率や材料疲労、核融合に大量の電力を要する点など解決すべき課題が山積みで、発電システム開発への道は長く容易ではない。マックスプランクIPPのシビル・ギュンター所長は「核融合発電所が問題なく稼働するには最低でもまだ20年はかかり、約200億ユーロの投資が必要である」と言う。「ドイツは核融合技術で”ポールポジション“にある」(シュタルク=ヴァッツィンガー教育研究相)という言葉が豪語にとどまらないよう、適切な助成策により国内の同エコシステム構築を急ぐ必要がある。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。


[1] 連邦政府2024年3月15日付プレスリリース https://www.bundesregierung.de/breg-de/themen/forschung/foerderprogramm-fusionsforschung-2198072
[2] EuroFUSION 2024年2月8日付プレスリリース https://euro-fusion.org/eurofusion-news/dte3record/
[3] 核融合実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証する世界最大、最先端の核融合国際協力プロジェクト。現在フランス南部に施設を建設中。中国、欧州、インド、日本、韓国、ロシア、米国が参加する。
[4] Assets Global 2024年4月3日記事 https://assets-global.website-files.com/6461f14c58e0282da166d83d/660ea1a5dab4c463a86d8c12_PM_BMBF_ENG_04_2024.pdf
[5] EU Startup News2023年5月30日記事 https://www.eu-startups.com/2023/05/munich-based-proxima-fusion-raises-e7-million-to-bring-in-the-next-generation-fusion-power-plants/
[6] Focused Energy 2023年6月22日付プレスリリース https://www.prnewswire.com/news-releases/focused-energy-raises-82-million-in-funding-to-advance-laser-based-nuclear-fusion-301857630.html

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
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