フランスHype社による水素モビリティ基盤整備プロジェクト

LRI Energy & Carbon Newsletterから

フランスで2023年1~7月に新規に登録された水素自動車の台数(乗用車部門)は188台で、前年同期の89台から倍増した[1]。背景として、EU及び国レベルでの水素関連プロジェクトの促進策と資金援助プログラムの存在、そして、水素タクシーの配備と水素ステーションの整備プロジェクトを主導するHype社の存在が挙げられる。Hypeは、輸送インフラ整備に関するEUの資金援助プログラム「CEF: Connecting Europe Facility」や、フランスの投資計画「France2030」から、これまでに1,900万ユーロの支援を受けてイル・ド・フランス地域の水素インフラ整備に貢献してきた。この度、新たに合計5,500万ユーロの支援を確保し、水素ステーションの整備を加速する[2]。

水素タクシープロジェクト
水素自動車の大部分はHype社による水素モビリティ・プラットフォーム整備プロジェクトが進行するパリ大都市圏に集中している。HypeはVL(3.5トン以下の車両)では欧州最多となる300台あまりの水素自動車を保有し、タクシー車両として貸し出している。2021年にはTaxi Slota社を買収し、同社の保有車両を順次水素タクシーに置き換えていくと発表した。2022年末に388台のトヨタMirai2を発注しており、2023年中に700台近い車両を保有するとみられる。更に、2023年6月には、ステランティス[3]と提携し、車椅子利用者など移動制限者向けの水素タクシーの供給・運用について合意した。この合意の第1段階として、プジョーのe-EXPERT Hydrogenとシトロエンのe-Jumpy Hydrogen合計 50台を配備する。2024年末までに最大1000台の水素タクシーを展開するとしている[4]。

インフラ整備-パリ大都市圏
水素タクシーを配備し、需要をつくり出す一方で、インフラの整備も進める。トヨタ、Air Liquide、Idex、STEP(Hypeの親会社)との合弁会社HysetCoを通じて水素製造・充填ステーションの建設が行われている。2023年6月には、パリ隣接のPort de St Cloudに、VL(3.5トン以下の車両)向けとして欧州最大となる水素ステーションを開設した。既存のステーションの4倍にあたる1日あたり1トンの供給量を誇り、200~400車両に充填する能力をもつ。新たな水素ステーションには初めて2.5MWの電解槽が併設され、現場で低炭素水素を製造することができる。水素は、プロトン交換膜電解槽により低圧(30bar)で生成、コンプレッサーステーションにて950~1,000barまで圧縮、保管される。車両により700barまたは350barで充填する。満タン(約6kg)までの充填時間は3~5分で、500~600キロを走行できる[5]。

現在稼働中の4つのステーションを合わせた水素供給量は、2023年7月時点で前年の供給量100トンを超え、同地域での水素モビリティの利用が倍近くに増えたことを示している[6]。今後、2025年末までにパリ大都市圏に26の水素ステーションのネットワークを構築する計画である(1日あたり1トンの供給能力をもつ水素ステーションを少なくとも20含む)。

インフラ整備-フランス国内・EU他国への展開
Hypeは、水素ステーションの建設と水素タクシーの運営による需要創出を同時に進めるというモデルをパリ大都市圏で7年にわたり実証してきた。これに手応えを得て、同じモデルを地方及び国外で展開することを目指し、水素モビリティ・プラットフォームを整備する地域をフランス国内及びEUの他国で計7カ所選定した。7地域(ル・マン、ボルドー、ブリュッセル、マドリッド、バルセロナ、リスボン、ポルト)に、18の水素ステーションと3つの電解槽を建設していく計画であり、更に8地域を選定しているところである[7]。

フランス自動車メーカーの取り組み(乗用車・小型商用車)
フランスでは、トヨタミライが2018年から、ヒョンデのNEXOが2020年から発売されている。ステランティスグループでは、小型商用水素自動車であるプジョーのe-EXPERT Hydrogenとシトロエンのe-Jumpy Hydrogenが2021年から、そしてオペルのVivaro-e Hydrogenが2022年末から発売されている。e-EXPERT Hydrogen、e-Jumpy Hydrogen、Vivaro-e Hydrogenは、バッテリー駆動の電気自動車をベースとしており、フランスの工場で製造した電気自動車をドイツのリュッセルスハイムにある工場に運び、水素技術に特化した生産ラインで水素自動車に仕立てている[8]。出力45kWの燃料電池、容量4.4kgの水素タンク、蓄電容量10.5kWhのバッテリーからなる「ミッドパワープラグイン燃料電池システム」を採用することで、積載量、安定性、安全性を確保する[9]。いずれもSymbioの燃料電池を採用している。ステランティスは2023年7月に、フォルシアとミシュランの合弁会社であるSymbioの株式を取得しており、今後も燃料電池車の開発を強化する姿勢が見える。

ルノーは、燃料電池開発の米プラグパワーと2021年6月に立ち上げた合弁会社HYVIAを通じて小型商用水素自動車(Master Van H2-TECH、Master Chassis Cabin H2-TECH、Master City Bus H2-TECH)を有する[10]。乗用車としては、2022年5月にコンセプトカーScenic Visionを公開した。

スタートアップとしては、2019年設立のHopiumがある。2021年にセダン型の水素自動車「Machina」のプロトタイプを発表した。2022年10月にはCredit Agricoleグループから1万台の契約を得て、2025年の商業化を目指していたが、財務状況が悪化し、2023年7月、再建型の更生手続きに入っている。

2023年1~7月に登録された電気自動車は154,973台であり、水素自動車はその僅か0.12%(188台)に過ぎない。フランスでも未だニッチな水素自動車市場であるが、電気自動車を補完するものとして水素自動車の開発へ取り組む姿勢に注目したい。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] PFA(Plateforme de la Filiere Automobile)の公表データ https://pfa-auto.fr/2023/08/01/marche-automobile-francais-juillet-2023/
[2] https://hype.taxi/hype-awarded-two-new-grants-to-accelerate-the-deployment-of-its-network-of-26-renewable-hydrogen-production-and-refuelling-stations-in-the-greater-paris-area-by-2025/
[3] フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)とグループPSAが2021年1月に統合して設立された自動車メーカー。
[4] https://www.media.stellantis.com/fr-fr/corporate-communications/press/stellantis-et-hype-deploient-une-premiere-flotte-de-50-taxis-parisiens-hydrogene-crit-air-0-pour-les-personnes-a-mobilite-reduite
[5] https://www.usinenouvelle.com/article/hysetco-lance-la-plus-grande-station-service-d-hydrogene-europeenne-a-paris.N2142602
[6] https://www.h2-mobile.fr/actus/station-hydrogene-hysetco-nouveau-record/
[7] https://hype.taxi/hype-annonce-les-7-nouvelles-metropoles-selectionnees-pour-deployer-sa-plateforme-integree-de-mobilites-hydrogene-le-mans-bordeaux-bruxelles-madrid-barcelone-lisbonne-et-porto/
[8] https://www.peugeot.fr/marque/univers-peugeot/news/e-expert-hydrogen-production.html
[9] https://www.mobilityoutlook.com/features/stellantis-takes-next-step-in-commercialising-hydrogen-fuel-cell/
[10] https://www.hyvia.eu/nos-vehicules-hydrogene/

竹下純子 (LRIコンサルタント パリ)
関連サイト
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