英国における蓄電ビジネスの動向

LRI Energy & Carbon Newsletterから

近年の再生可能エネルギーの急速な普及に伴い電力の柔軟な需給調整を可能とする蓄電システムの導入が進んでおり、英国の蓄電システムのCAGR[1]は13.50%(2023年~2028年)と見込まれている[2]。現在英国全体の蓄電容量3GW[3]は、2030年までに24GWに達すると予測されている[4]。この増加は、200億ドルの投資を意味し、英国は世界の蓄電システム設備容量の9%近くを占めることになる[5]。しかしながら、2023年の蓄電ビジネス業界の収益は、空前の高水準を記録した2021年、2022年と比較し、減少している。魅力的なリターンを求め、投資家は英国への投資を続けているが、継続的な収益を維持するためには、最適なオプティマイザーの選択等、戦略的なアセット運用が求められるフェーズに入っている。

 

2021年~2022年、蓄電ビジネスは、エネルギー価格の高騰とボラティリティにより前例にない程の利益を得たが、2023年は鈍化

蓄電システムは、価格が低いときに電力を買い、価格が高いときに電力を売ることによって収益を得るのが基本的な収益構造である。このスプレッドによる取引は、裁定取引と呼ばれる。よって、価格の高いボラティリティは、蓄電ビジネスが収益を上げやすい状況を生み出す(図1参照)。

リサーチ会社LCP Deltaのレポートによれば[6]、2021年と2022年は、前例にない程のエネルギー価格の高騰と大幅な価格変動によって、蓄電ビジネスにとって収益を得る大きなチャンスとなった。これは、2021年、一部の発電所でコロナの影響により2020年から2021年にずれ込んだメンテナンス作業により一時稼働を停止[7]せざるを得なかったことによる電力価格の異常な高騰から始まった。ピーク時には、卸売価格は£1,500/MWhに、バランシング価格は£4,000/MWhに達した。その後も電力価格の高騰が継続した主な要因は、ガス価格の高騰にある。ガス市場がウクライナ戦争の影響により逼迫した上に、コロナ禍後の景気回復による需要増が更に拍車をかけた。更には、フランスの原子力発電所の停止に加え、欧州の猛暑が貯水池の水位低下を招き、欧州全域の水力発電所が影響を受けた。これらの要因により、英国での電力価格は高騰し、2022年?2023年の冬には、英国に十分な電力供給がされるのか疑問視される程にもなり、結果的に蓄電ビジネスは、大きな利益を得た。

しかし、2022年後半以降、状況は一変した。ガス価格は2022年8月のピークから年末にかけて大幅に下落した。欧州のガス市場のサプライチェーンは予想以上の速さで回復し(LNGの輸入急拡大のため)、ガス価格は下落、そして電力価格の下落につながった。その結果、2022年後半以降、蓄電ビジネスの収益は大幅に鈍化した。暖冬の影響もあり、今後、2023年後半のエネルギー価格も安定する見込みであり、裁定取引を狙う蓄電ビジネスにとっては不利な条件にある。LCP Deltaによれば、2021年と2022年は例外的な年であったことが強調されるべきであり、投資家やデベロッパーは、将来の収益を楽観視すべきではないと、指摘している。

 

適切なオプティマイザーを選択することは、収益を最大化する上で極めて重要になる

図2は、2021年第4四半期に最も利益を上げた5つのユニットの利益源を追跡したものである。2021年、2022年は、周波数応答市場(Frequency Response Market)、特にFFR(Firm Frequency Reserve)とDynamic Containment (DC)サービスで多くの利益を上げていたが、2022年の最終四半期以降、大幅に減少している。この要因は、周波数応答市場が飽和状態にあることと、NGESO[8]のFFR市場の段階的廃止の決定[9]によってもたらされていると言われている。

つまり、今後FFRとDCのサービスだけでは、近年得られた様な収益は期待できず、蓄電システム事業者は、収益源を複数持ち、かつどの収益源により注力していくか等より緻密な戦略が求められる。それを実現するには、オプティマイザーの役割が重要になり、投資家やデベロッパーは、適切なオプティマイザーを選択することが、収益を最大化する上で極めて重要になる。

 

周波数応答市場は飽和しており、将来的には収益構造の重要な部分ではなくなる可能性がある

DFR(Dynamic Frequency Response)オークション[10]の成熟により、入札価格は低下傾向にある。2021年の導入以来、DCは蓄電ビジネスの収益の重要な割合を占めてきた。蓄電システムは、系統周波数の変動に非常に迅速に対応することができ、高い収益を実現することができた。蓄電システムのパイプラインは、DFRにはあまり適さない2時間以上の蓄電システムにシフトしているものの、パイプラインには相当数の短時間運転の蓄電システムが残っている。その結果、オークションの競争は更に激化され、価格は更に下落する可能性が高く、蓄電ビジネスとしては、今後収益の見込める市場にならない可能性がある。

 

システムバランシングは潜在的に収益性の高い収入源であるが、慎重な検討が必要

系統運用者NGESOは、蓄電システムがより頻繁に使用されるようなシステム変更を行おうとしている。具体的には、今後数ヶ月の間に、バランシングメカニズム(Balancing Mechanism: BM)と英国電力管理センター(Electricity National Control Centre: ENCC)に変更を加える予定である。これらの変更には、2023年12月にリリースされる予定の新しいOpen Balancing Platformの最初のリリースに、Bulk Dispatch Optimiser toolが含まれ、現在のシステムでは手入力のため、個々のユニットに対して1分間に2-3件の指示を出すことが限界であるが、Bulk Dispatch Optimiserツールを使えば、1時間に最大300の指示を複数回出すことが可能となる[11]。その他には、蓄電システムの発送機会を制限する「15分ルール」への対応が含まれる。これらの変更は蓄電システム事業者にとってプラスであるが、日常的にBMにて発送される電力量は、すべての発電タイプ(化石燃料発電、原子力発電、再生可能エネルギー発電等)において卸売市場よりも大幅に少ないことから、今後長期的な収入源になるかどうかは慎重な見極めが重要である。

 

まとめ

電力セクターのゼロ・カーボンを達成する上で、蓄電システムは極めて重要な要素である。短期的には、マーケットシグナルは弱まることが予想されるが、長期的には脱炭素化の目標達成に向けて、期待される要素であり、持続可能性の高い投資対象である。投資家やディベロッパーは、プロジェクト生産性向上と収益機会の最大化を図るため、オプティマイザーを適切に選定し、デューデリジェンスに重点を置くことが益々重要になる等、戦略的なアセット運用が求められるフェーズに入っている。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] Compound Annual Growth Rate (年平均成長率)
[2] https://www.expertmarketresearch.com/reports/united-kingdom-energy-storage-systems-market
[3] https://delta.lcp.com/wp-content/uploads/2023/09/lcp-delta-charging-ahead-7-lessons-for-蓄電システム-investors.pdf?utm_campaign=2023+battery+investment+landscape+-+Sept+2023+-+Delta+report&utm_medium=bitly&utm_source=website
[4] https://solarquarter.com/2023/04/24/uk-battery-storage-market-poised-for-exponential-growth-set-to-reach-24-gw-by-2030/
[5] https://solarquarter.com/2023/04/24/uk-battery-storage-market-poised-for-exponential-growth-set-to-reach-24-gw-by-2030/
[6] The 2023 battery investment landscape Charging ahead: 7 Lessons for BESS investors on how to outperform rivals The 2023 battery investment landscape Contents. (2023) 〈https://delta.lcp.com/wp-content/uploads/2023/09/lcp-delta-charging-ahead-7-lessons-for-bess-investors.pdf?utm_campaign=2023+battery+investment+landscape+-+Sept+2023+-+Delta+report&utm_medium=bitly&utm_source=website〉
[7] コロナ禍時の操業停止により、一部のメンテナンス作業が2020年から2021年にずれ込み、需要が回復しつつあった時期の供給が圧迫された。この影響は、英国とノルウェーの地域で特に顕著だった。〈https://www.iea.org/commentaries/what-is-behind-soaring-energy-prices-and-what-happens-next〉
[8] National Grid Electricity System Operatorの略。
[9] 2023 年 3 月期から 2024 年 3 月期にかけて段階的に廃止される
[10] DFRオークションとは、電力系統周波数の異常変動を迅速に抑制する「動的制御」の取引を行う市場。
[11] https://www2.nationalgrideso.com/document/285016/download

白田順士(LRIコンサルタント)
関連サイト
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