英国とモナコにおけるコミュニティー・ヒートポンププロジェクト

LRI Energy & Carbon Newsletterから

地域熱供給は建物部門の脱炭素の一施策であるが、熱源が低炭素でなければならない。一方、空気中、地中、水中の再生可能熱を利用するヒートポンプは、建物の熱利用の脱炭素化の解決策の一つとなるが、高額な初期投資費用が普及の足かせとなっている。ヒートポンプを利用した地域熱供給(コミュニティ・ヒートポンプ)は、これらの課題に対する答えの一つを提供する。本稿では英国及びモナコの3つのコミュニティ・ヒートポンプ導入事例を紹介する。

 

英国コーンウォール地方のHeat the Streetプロジェクト[1]

地中熱ヒートポンプの製造・インフラ整備・運用を手掛けるKensaグループが実施する、総額870 万ポンドの地中熱利用コミュニティヒートポンプ実証プロジェクト。欧州地域開発基金(ERDF)から620 万ポンドの助成金を得て、2023年6月までの2年間、英国南西コーンウォールの5か所でコミュニティヒートポンプのインフラ整備と約250世帯へのヒートポンプユニットの導入を推進する。このうちStithians村で実施されているプロジェクトでは、住宅街の道路下に共用の垂直埋設型(ボアホール式)の地中熱交換パイプ(採熱管)を設置するという、世界初といわれる方法が実証されている。今年3月に初めて同村のコリンズ・パーク通り(Collins Parc)でプロジェクト参加世帯がヒートネットワークに接続され、コミュニティーヒートポンプの運転が開始された。平均の深さが106mのボアホールを42本掘り、採熱管を設置し、その上部で道路下に水平に敷設される熱本管(ヒートメイン)に接続される。そのヒートメインから各世帯に設置されるヒートポンプユニットに伸びる熱供給管を通して熱が運ばれる。ガス配管と同様なネットワークを構築する形である。プロジェクト参加世帯には、ERDFの助成金を使いヒートポンプユニットの他、ラジエータ、熱湯シリンダー及びスマートサーモスタットが提供され、各世帯は個別にヒートポンプユニットを稼働させる。地下インフラはKensaが所有し、インフラ整備への投資コスト[2]は、プロジェクト参加世帯と契約する長期間(20年間)の年間接続料金(月払い)により回収する[3]。ガス配給事業を模倣した、地中インフラと各世帯に設置される機器の所有・維持管理を分離するビジネスモデルで、同社はこの方法によって地中熱ヒートポンプの大規模展開が可能になるとしている。

 

英国エンフィールドの高層集合住宅における地中熱ヒートポンプのレトロフィット[4]

ロンドンのエンフィールド区議会は、2017年11月~2018年10月にかけて、エネルギー大手ENGIEとKensaの協力の下、区議会所有の13階建ての集合住宅8棟(総戸数402戸)の電気床暖房を地中熱ヒートポンプに取り換えた。総額480万ポンドのプロジェクトで、当時イングランド最大のコミュニティヒートポンププログラムであった。各ビルの駐車場に深さ約200mのボアホールを100本掘り、合計16の採熱管を設置。採熱管一本につき、ビル半棟の熱需要を満たすように設計されている。地中熱は採熱管上部で水平に接続された配管を通してビル内に運ばれる。ヒートポンプユニットは、数台の中央集中型の大型システムではなく、「Shoebox」と呼ばれるKensaの小型ユニットが各世帯に設置された。熱はライザーを通して建物の地下から上層階へと運ばれる。ヒートポンプユニットは世帯ごとに設置されるので、各世帯でそれぞれ熱利用を調整でき、ヒートポンプユニットの利用に応じて電気代を支払う。ヒートポンプの導入により入居者の電気代は、年間平均 800 ポンドから同 350 ポンドに減少した。エンフィールド区議会は、英国政府の非家庭用再生可能熱インセンティブスキームの下で稼働後20年に亘り支給される合計約430万ポンドの助成金や、エネルギー供給者顧客省エネ義務(Energy Company Obligation[5])によるヒートポンプ導入コストへの先行助成金により、プロジェクトコストを回収する。

 

海水熱を利用したモナコのコミュニティ・ヒートポンプ・プロジェクト[6]

モナコは海水熱ヒートポンプを導入した最初の国の一つである。1963年に屋外温水プール(50mx25m)の水温維持(27℃)のために初めて導入されて以来、現在では、国内の主要な建物・施設を中心に80以上の海水熱ヒートポンプユニットが設置されている。1991年から1995年には、モナコとフランス政府の支援を受け、海水熱ヒートポンプの運用による海洋エコシステムへの影響についての研究(Optima-PACプロジェクト)が行われ、悪影響は確認されないと結論付けられた。

海水熱による地域熱供給は、フォンヴィエイユ(Fontvieille)、ラ・コンダミン(La Condamine)およびル・ラルボット(Le Larvotto)の3地区で行われており、これらは全て国が所有するが、運営は国から運営権を得た企業が「seaWergie」の商標で行っている[7]。フォンヴィエイユ地区の熱供給事業は、廃棄物エネルギー(蒸気)と海水熱の両方を利用して中央プラントで冷熱と温熱を生成(5℃、65℃、及び95℃)、ヒートネットワークを通して同国面積の15%にあたる30ヘクタールをカバーする約2,100世帯相当の熱(冷暖房・温水)需要を満たしている。運営は、1987年に国から運営権を得た同国のエネルギー会社SMEG[8]が行う。

一方、ラ・コンダミンおよびル・ラルボット地区のseaWergieプロジェクトは、同国の2050年炭素中立目標達成に向けた主要策の一つとして進められている新たな国家プロジェクトで、政府はそのインフラ構築に6,000万ユーロ以上を投じた。SMEG、SOGET[9]及びMES[10]から成るコンソーシアムが、政府から30年間の事業運営権を落札、2020年10月にコンセッション契約に調印し、海水熱ネットワークによる冷暖房・温水供給サービスを行っている。1kmに及ぶパイプを沿岸から水深約80mの海中に設置、年間を通して約14.5℃の海水を取り入れる。熱交換器を利用してこの海水熱を地下に敷設された二次パイプ(クローズドループ)の中の淡水(循環水)に伝える。二次パイプは各建物内のヒートポンプユニットに接続され、このユニットが循環水の熱を利用して、暖房、給湯、冷房を提供する。ヒートポンプの運転に使用される電力は全て再エネ電力である。

2021年夏に、ラ・コンダミンおよびル・ラルボット地区で、それぞれ最初の建物がseaWergieネットワークを利用した熱供給サービスを受け始めた。これら2地区の海水熱ヒートポンプネットワークはモナコの総有効床面積の約7%近にあたる20万m2に熱供給が可能で、プロジェクトコンソーシアムはまず、2024年までに29の建物に熱供給を行うことを目指している。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

—————————————————————————–
[1] https://heatthestreets.co.uk/
[2] ERDFによる助成金ではカバーされないコストと地下インフラの維持・修理費用。
[3] 接続料金は毎年見直されるが、値上がりは年間最大5%までとしている。
[4] https://www.kensacontracting.com/case-studies-enfield/
[5] 一定規模のエネルギー供給事業者に課せられた、家庭/住宅部門の省エネ施策支援義務。ヒートポンプ導入は資金援助の対象の一つ。
[6] Ocean Energy Systems, 2022, Using Sea Water for Heating, Cooling and Power Production, pp. 22-24. www.ocean-energy-systems.org
[7] https://www.seawergie.mc/
[8] 同社は電力・ガス事業の運営権も国から付与されている。最大株主は仏エネ大手ENGIE(64%)、次いでモナコ政府(20%)、仏エネ大手EDF(15%)。
[9] 海水熱ヒートポンプの運用に実績のある会社。EDFグループ傘下。
[10] 地域熱ネットワークの設置を手掛けるモナコ企業。

アルコー静芳、小林美佐子
関連記事
G7共同の2030年目標、洋上風力150GW、太陽光1000GW
暖房システム業界、ゴールドラッシュムード
ヒートポンプにおけるイノベーション:フランスのスタートアップEquium
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
タイトルとURLをコピーしました