e-fuelsはエンジン駆動車を絶滅から救えるか?

EU、2035年から新車両カテゴリー“Only e-fuels”を導入

欧州議会で採択された2035年からエンジン駆動乗用車・軽商用車の新車販売禁止法案は、3月のEU理事会で承認される最終段階にあった。だが、自動車大国ドイツの強硬な抗議により、排出ニュートラルの合成燃料(e-fuels)のみで駆動するエンジン車を例外とすることで合意した。欧州委員会は“Only e-fuels”の新車両カテゴリーを設けるため、その承認基準の策定や排出削減目標への貢献度の明言化などの手続きを2024年秋までに完了させる考えである。独・リントナー財務相は機を逃さず、“Only e-fuels”車の自動車税優遇やe-fuelsの税率軽減などで支援を惜しまない考えを誇示した。排出ゼロ社会向けEV(電気自動車)普及を急ぐEUで“絶滅”の運命も同然のエンジン自動車に、生き残りの道が開かれたということだろうか。

 

交通分野でのe-fuelsの政策的位置づけ

ドイツ政府は、再生可能エネルギーを使って電気分解した水素とCO2で製造されるe-fuelsを交通分野の排出削減目標達成に不可欠という立場をとるが、特に電化が困難な航空・船舶交通が対象であることを明確にしている。だが、路上交通分野でのe-fuels促進を強く求める最小政権政党、自由民主党(FDP)に妥協した形で、2月末の政権協議では自動車燃料へのe-fuels混合規定を改正し、純度100 %で販売できるようにすることで合意した。エンジン車販売禁止に反対してきた関連業界は、「e-fuelsで(気候目標達成のための技術)オプションが増えることは重要」(ドイツ自動車工業会=VDA)、「投資へのインセンティブを作り、合成燃料市場を活性化するための政策基盤ができた」(ドイツ独立系ガソリンスタンド連盟=bft)と、EUでの“Only e-fuels”車導入も含めて大いに歓迎している。

さらには、3月末に政権合意した近代化措置パッケージ(Modernisierungspaket)[1]には「e-fuelsの生産・利用を促進するためのインセンティブを迅速に設け、利用分野拡大の障害となっている現規定や行政規則を排除する」ことも盛り込まれ、ガソリンスタンドでのe-fuels販売を可能にする道筋をつけた。だが、e-fuelは生産コストが非常に高くエネルギーロスが大きいため、EVという最適な排出ゼロソリューションがある路上交通分野に投入すべきでないという向き多く、「e-fuelsの助成は交通分野のトランスフォーメーションに負の影響を及ぼす」(Fraunhofer-Institut fur System- und Innovationsforschung)という懸念の声も上がっている。

 

ドイツ自動車メーカーはエンジン車に終止符を打つのか

2022年の国内新車登録台数は、ガソリンエンジン車が前年比11.2%減の86万3,445台、ディーゼルエンジン車が9.9%減の47万2,274台。一方、バッテリーEV(BEV)は32.2%増の47万559台、ハイブリッドEV(プラグインを含む)も助成対象となる最後の年とあって前年比9.6 %増の82万7,321台に伸びた。総EV比率は49%に拡大し[2]、EVへの移行は軌道に乗ってきたようだが、ドイツの自動車メーカーエンジン車の未来をどう考えているのだろうか。

Volkswagen(VW)グループ:エンジン車は将来、「生産台数が少ないモデルとニッチ商品に利点がある」(Blume社長)と位置付けている。VWブランドではロングベストセラー「Golf」は最新バージョン「Golf 8」が最後の生産モデルとなる。EV戦略のもと、2030年までにBEV販売比率5割を目指し、2万ユーロ未満のモデルの開発などコスト削減に注力する。Audiは2026年の市場導入モデルを最後にエンジン車の開発を終了し、2033年末までに中国を除く全拠点で生産を停止する計画である。一方、2030年にBEV販売比率80%超を目指すPorscheは、同社の代名詞とも言えるスポーツカー「911」を例外的にエンジンモデルとして存続させる。e-fuelsに大きく期待し、チリの試験生産プロジェクト(Haru Oni Project[3])に参加している。

BMW:2030年までにBEV販売比率50%を目指すが、欧州以外では充電インフラ等の環境整備に時間がかかると見て、2030年代も引き続きエンジンモデルの開発・生産を行う方針である。「改善を重ね効率化する技術は大きく貢献できる…あらゆるテクノロジーにオープンで改良を続けることが最善の道」[4]と考えるBMWは、燃料電池車(FCV)も含めて多様な選択肢を顧客に提供する戦略である。

Mercedes-Benz:“electric only”への事業シフトに向け、市場条件が整った地域では2029年末までに完全にEVモデルに切り替える。2025年から導入する新車両アーキテクチャはBEVのみとし、早ければ2025年にEV販売比率が5割に達すると見ている。今年市場導入する新型Eクラスはエンジン車プラットフォームで開発した最後のモデルとなる。EVシフトにより、2026年にはエンジンモデルへの投資額は2019年の2割程度に縮小する。

 

エンジン車の排出削減はe-fuelsで

EV市場は確かに拡大しているが、消費者の関心は本当に高まっているのか。地方自治体、公共機関、事業者などのフリート調達が活発な一方、EVは助成金がついても依然として高価で、航続距離や充電環境面で納得度も低く、一般国民にはまだ現実的な選択肢ではないようである。国営放送ARDが3月初めに行った国民調査ではエンジン車販売禁止に反対する回答が67%に上った。VDAによると、2030年にドイツ国内を走るエンジン車は推定約3,000万台、EU全体で数億台に上る。この排出低減にe-fuelsが貢献できるのは間違いないが、値ごろな価格で大量に供給できるようになるには、グリーン水素が低価格で大量供給可能なエネルギー源になるという難題を克服しなければならない。いや、低価格で性能が向上したEVの登場でエンジン車離れが加速し、予想外に早くe-fuels調達の心配が無用なEV社会に移行するかもしれない。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] SPD HP Modernisierungspaket(2023年3月28日 Koalitionsausschuss) https://www.spd.de/fileadmin/Dokumente/Beschluesse/20230328_Koalitionsausschuss.pdf
[2] ドイツ連邦自動車交通局(Kraftfahrt-Bundesamt – KBA)https://www.kba.de/DE/Statistik/Fahrzeuge/Neuzulassungen/Jahresbilanz_Neuzulassungen/jahresbilanz_node.html;jsessionid=0796102EA321E2EADA144BFB0704FCE6.live21324
[3] Haru Oni Demonstration Plant https://hifglobal.com/location/haru-oni/
[4] 2023年3月15日公営放送局ZDFのZipse社長インタビューhttps://www.zdf.de/nachrichten/wirtschaft/klima-bmw-chef-oliver-zipse-verbrennungsmotor-100.html

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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