欧州ガス輸送事業者が目指す汎欧州水素輸送網:欧州水素バックボーン( 前半:全体像 )

LRI Energy & Carbon Newsletterから

欧州委員会は、2020年7月にEU水素戦略[1]を、2021年に7月にFit For 55[2]を(EUの温室効果ガスを2030年までに1990年比で55%削減するという目標を達成するための政策パッケージ)、更に2022年5月にREPowerEU計画[3](ロシアのウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー供給危機に対する対応策)を発表し、域内の水素利用の拡大・加速化方針を矢継ぎ早に打ち出した。REPowerEU計画で提案された目標は、2030年までに域内の再生可能水素の生産量及び域外からの輸入量をそれぞれ年間1,000万トンにするというものである。この目標達成に不可欠である水素輸送インフラについても、水素輸送の大まかなルートを示した「水素回廊」のビジョンを提示した[4]。

水素インフラに係わる欧州委員会の動きと連動するように、欧州のガス輸送事業者による取り組みも進んでいる。2020年に発足した欧州水素バックボーン(European Hydrogen Backone:EHB)イニシアチブは、欧州28か国の31のガスパイプライン運用者が一丸となり汎欧州水素輸送インフラの構築を目指すものである[5]。欧州の水素需給バランスは地域的なばらつきがあるが、欧州全体で、水素供給者と需要者を結ぶパイプラインを整備し、更に塩洞窟等を活用した水素地下貯蔵施設を開発することで、安定した水素需要と供給を確保し、流動性が高く競争的な汎欧州水素市場の発展と拡大を加速することができる。

EHBイニシアチブはEUのREPowerEU計画とは独立して進められているが、欧州委員会とEHBイニシアチブの描く水素回廊はほぼ一致している(図参照)。また、2022年6月にブリュッセルで開催された第一回EHB会議(European Hydrogen Backbone Day)で、EHBメンバーのCEOらが欧州委員会に対して、2030年までに水素回廊を構築するとの誓約[6]を提出するなど、官民一体となった汎欧州水素回廊構築の気運は高まっている。

 

欧州水素バックボーン:全体像

欧州水素バックボーンはAからEの5つの水素回廊から成る。今年4月に発表されたレポートで、参加事業者31社の共通のビジョンとして打ち出された。同レポートでは、REPowerEU計画が発表される前にEHBコンソーシアムが実施した、欧州全体及び各回廊における水素需給と水素価格の分析結果も公表している。この分析によると、欧州の2030年における水素需要は年間最大490TWh、供給量は、北アフリカ及びウクライナからの輸入も含め、同580TWhである。EHBビジョンは、需要中心地であるドイツ及びその周辺国に、他の地域の余剰水素を輸送するというもので、需要中心地域以外は、純供給地域となる見込みである。とりわけ北海地域(ノルウェー、英国、デンマーク及びアイルランド)、イベリア半島、及び北欧(スウェーデン及びフィンランド)が有力な供給地域になるとしている(図参照)。

5つの水素回廊は以下の通りである。
A. 北アフリカ・イタリア回廊:北アフリカ(チュニジア)から南欧(イタリア)経由で中欧(スロバキア、チェコ地域)及びドイツ(特に南部ドイツ)へと繋がるルート。
B.  南西及び北アフリカ回廊:イベリア半島(ポルトガル、スペイン)からフランス経由でドイツに繋がるルート。
C. 北海回廊:北海地域からドイツを中心とする欧州北西地域の需要集積地を結ぶルート。
D.  北欧及びバルト海地域回廊:北欧(フィンランド、スウェーデン)から、デンマーク経由でドイツを結ぶルートと、バルト三国経由でドイツ・ポーランドを結ぶルート。
E.  東欧及び南東欧回廊:ギリシャ及びウクライナから、中欧経由でドイツやポーランドの主要水素需要国に繋がるルート。

これらの水素回廊は、2030年までに、全ての主要な需要クラスターを接続するように敷設され、更に2040年までにパイプライン沿いの主な需要中心地に拡張して欧州28か国を網羅する汎欧州水素インフラを展開する。2030年までのパイプライン総延長は最大28,000km、更に2040年までに約53,000kmを目指す[7]。2040年までに敷設されるパイプラインの60%は既存のガスパイプラインの転用で、コスト効率的に水素輸送システムを構築するビジョンとなっている。水素の輸入先は主にチュニジアやアルジェリア、ウクライナであるが、長期的にはナミビア、チリ、オーストラリア、中東へと多角化し、既存の天然ガス/LNG輸入ターミナルの水素ターミナルへの転換も進める。

2040年までの水素インフラの投資総額は、海底パイプラインも含み800億~1,430億ユーロで、1,000km当たりの陸域のパイプラインの平均コストは水素1kg当たり0.11~0.21ユーロである[8]。水素生産コストは、東欧及び南東欧地域のコストが他地域と比べて若干高く、この地域を除けば2030年に約2.0~3.8ユーロ/kg、2040年には1.4ユーロ~2.8ユーロ/kgに下がると分析されている。

(「後半:各水素回廊の概要」へ続く)

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。


[1] European Commission, 8 July 2020, A hydrogen strategy for a climate-neutral Europe. https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52020DC0301
[2] European Commission, 14 July 2021, ‘Fit for 55’: delivering the EU’s 2030 Climate Target on the way to climate neutrality. https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52021DC0550
[3] European Commission, 18 May 2022, REPowerEU Plan. https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=COM%3A2022%3A230%3AFIN&qid=1653033742483
[4] European Commission, 18 May 2022, REPowerEU, p. 15. https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:fc930f14-d7ae-11ec-a95f-01aa75ed71a1.0001.02/DOC_1&format=PDF
[5] 参加国は、アイルランド、英国、ポルトガル、スペイン、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、ドイツ、スイス、オーストリア、イタリア、マルタ、ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチア、ハンガリー、ギリシャ、ルーマニア、ブルガリア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド。
ドイツ、フランス及びオーストリアから各2事業者、その他の国から各1事業者が参加している。
[6] Pledge from the EHB initiative to establish hydrogen supply corridors by 2030 as enabler for hydrogen market creation. https://www.ehb.eu/files/downloads/1654775681_EHB-CEO-pledge-signed.pdf
[7] EHB, April 2022, European Hydrogen Backbone, p. 8. https://ehb.eu/files/downloads/ehb-report-220428-17h00-interactive-1.pdf
[8] EHB, April 2022, European Hydrogen Backbone, p. 3.

アルコー静芳(LRI)
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