海運業はEU経済の重要な産業のひとつで、海上交通が2019年のEU域内CO2総排出量の3~4%を占めた[1]。国際海事機関(IMO)は、海上輸送によるCO2排出量(輸送量ベース)を2008年比で2030年までに40%、2050年までに最低50%削減することを目標に掲げている。目標達成のカギは再生可能エネルギーおよび低排出燃料の投入とエネルギー効率向上である。近距離航行では、港での充電が容易な電気モーターでの単独駆動や内燃エンジンとのハイブリッド駆動が想定できるが、中長距離交通では航空交通と同様、持続可能な代替燃料(メタノール、水素、アンモニア等)が抜本的な排出削減ソリューションとされる。ただ、代替燃料は化石燃料に比べまだ生産コストが非常に高く、生産能力やインフラの整備も含めて、普及には時間がかかりそうである。従って、航行中のエネルギー需要を技術的措置により抑え、エネルギー効率を向上させることが現在の重要な課題で、将来的な代替燃料需要を抑制するための必然的な要求といえる。
Flettner Rotor―風力を使い駆動効率を向上するローターセイル
風力を利用した船舶航行の排出削減策で注目されるのがローターセイル(円筒帆)(写真参照)である。垂直に設置したローター(円筒)の側面に当たる風を利用して前方への推進力を生み出す(Magnus効果)風力推進システムで、ドイツ人技術者Anton Flettnerが1920年代に技術を開発した。2隻に設置され効果を実証したが、油田開発ブームで安い化石燃料が調達できるようになり間もなく忘れられた。だが、地球温暖化が加速する今、エンジンの駆動効率を調整して航行パフォーマンスを向上するFlettner Rotorの真価が認識された。
ローターセイルの実用例
ドイツ風力タービン大手Enerconは同社の新輸送船「E-Ship 1」[2](全長130m、全幅23m)に自社開発ローター(高さ27m、直径4m)を4本設置し、2010年から欧州近海や地中海に実地航行している。燃料消費量を最大15%削減でき、持続可能な物流に貢献しているという。一方、フィンランドのNorsepower は2014年に商用試験を開始したローターセイルメーカーの先駆けで、ドイツではデンマークとの合弁海運会社Scandlinesにローター(高さ30m、直径5m)を供給している。2020年に独Rostock―デンマークGedser間フェリー航路(約42km)で運行する「Copenhagen」号に初搭載し、年間4~5%の燃料削減効果を確認し、2022年5月に同航路の「Berlin」号にも設置した。
研究プロジェクト「EcoFlettner」
EUの欧州地域開発基金(ERDF)とドイツ・オランダ両政府の資金援助を受けて2014年に立ち上げられた両国の地域協力(INTERREG)プロジェクト「MariGreen」[3]は、“Green Shipping”技術の開発と実現を目標に掲げる。特に北海地域の海運業界が環境・気候保護に関わる要求に対応し、資源・エネルギー効率化を進めるための支援を提供する。この一環で、Flettner Rotor研究プロジェクト「EcoFlettner-Windship Engineering and Design」[4]が2015~19年に実施された。両国の海運関連会社や研究機関が参加し、燃料・排出削減と駆動効率化の観点から技術開発に取り組んだ。
プロジェクト第1段階では、上下のベアリングで軸回転する風力推進システム(Wind assisted propulsion system=WAPS)としてEcoFlettner(高さ18m、直径3m)を開発した。ガラス繊維強化樹脂(GRP)を採用し高速回転が可能(最大回転数280rpm)な刷新的な設計で、エンドディスク(直径6m)によりローターの流動条件を最適化した。電気モーター(出力74kW)で駆動し、エンジン出力と燃料消費量の低減や速度上昇など航行ニーズに応じて投入できる。中度の風力条件下のローター推進力は2kW/㎡という。[5]
プロジェクト第2段階として、2018年にEmden/Leer大学研究チームの主導で、多目的貨物船「Fehn Pollux」号の前方甲板にEcoFlettnerを1基設置し、長期実証試験を開始した。海上でのパフォーマンス評価および効率向上のための制御システム、自動化、ルーティング関連装置の改良が目的である。実地データに基づく推進力分析では北欧、西欧沿岸地域の航行の場合、エンジン駆動力を年平均100~150kW補足でき、航行速度次第で10~20%の燃料削減に貢献できるとの結果を得た。[6] プロジェクト終了後の2021年に別の海運会社の多目的貨物船「Annika Braren」号にも採用され、その計測データも合わせて総合的にローターの構造と稼働の最適化と製造コストの効率化方法に取り組んでいる。「Fehn Pollux」号では実際約15%燃料を節約できたとし、ローターを常時駆動させ出力を自動で最適化できれば20%の燃料削減も可能だと見る。
「Flettner Fleet」プロジェクト―さらにローター技術改良
EcoFlettnerプロジェクトの成果をもとに、2023年1月に新プロジェクト「Flettner Fleet」[7]がスタートした。Emden/Leer大学、フラウンホーファー風力エネルギーシステム研究所(IWIS)、プロジェクト会社EcoFlettnerのほか、Enerconなど民間企業が参加する。前プロジェクトの2隻に加え「E Ship 1」号もデータベースに取り込み、多様な貨物船のローター搭載設計基盤の開発、ローター技術の改良、アシストシステムの最適化、計測値の収集を進める。独政府助成金を受け、総額700万ユーロを投じて2025年末まで3年間実施される。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[1] European Commission HP Climate Action https://climate.ec.europa.eu/eu-action/transport-emissions/reducing-emissions-shipping-sector_en
[2] ENERCON’s E-Ship 1 sailing the world’s seas https://www.youtube.com/watch?v=0jHk-4b1BLo
[3] Mariko GmbH(project coordinator)https://www.mariko-leer.de/portfolio-item/marigreen/
[4] Hochschule Emden/Leer HP EcoFlettner ? Windship Engineering and Design https://www.hs-emden-leer.de/en/current-students/faculties/maritime-sciences/research-laboratories-projects/projects/research-projects/ecoflettner
[5] Eco Flettner HP https://ecoflettner.de/
[6] 2019年12月5日付Taglicher Hafenbericht https://www.thb.info/rubriken/umwelt/detail/news/schub-fuer-flettner-rotor.html
[7] Mariko GmbH FlettnerFleet https://www.mariko-leer.de/portfolio-item/flettnerfleet/