Beyond-ESG Investment

LRI Energy & Carbon Newsletterから

最近、Beyond ESGという言葉をよく聞く。その言葉の意味は、企業がESG評価・スコアのために行動しても、それはせいぜいリスク軽減に役立つ程度で、地球温暖化抑制に対してポジティブな結果をもたらしたと言えるわけでない、だから、それ以上のことをしようと言うことである。

一方において、米国の共和党支持者たち、そして欧州の一部保守勢力の間では、ESGという言葉は禁句にさえなってしまった感じがする。ESGが株主への利益増大とどんな関係があるのだ、という反リベラルのポリティカルな批判が、時には温暖化現象という気候科学そのものの否定にまで発展したりしている。

先日、あるウェビナーで参加者たちが「温暖化現象により、何度まで温度は上昇すると思いますか」という質問に答えた。最も多かった回答は2.5度であった。同様に、今年5月のThe Guardian紙に、77%の気候科学者がこれから2100年までに、少なくとも2.5度上昇すると予測しているという記事が出ていた。Stern ReviewのExecutive Summaryの4ページに上昇温度とそのために起こると予測される災害の関係が示されているが、2.5度の上昇がもたらす災害は壊滅的である、と言う表現が適切であろう。

来年から始まるTrump政権下における米国企業を含め、世界の企業は、ビジネスそしてファイナンスが、温暖化現象の抑制のために果たすべき大きな役割をもっていることを再認識し、積極的に「Beyond-ESG Investment」を行わなければならないであろう。必要に応じて、現行のESG評価を超えて、サステナビリティのための長期的な成功に向けた新たな指標を自ら設定することも一案である。

Beyond-ESG Investmentに関心はあるが、どのようなプロジェクトへの投資が適切なのかがわからない、といったことを時折耳にする。インタネットでふんだんに世界の情報を得ることはできるが、それらの情報はしばしば断片的で、必ずしも一貫性があるわけではない。しかも急速な技術革新により、テクノロジーがあっという間に陳腐化したり、コストが大幅に下がったりする。たとえばリチウムイオンバッテリーパックのkW当たりのコストは2010年から今日までに10分の1以下となった。電気から水素への変換効率の向上は今日存在する水電解装置の陳腐化を意味する可能性がある。テクノロジーベースの投資プロジェクトは、その時点で固定価格による長期のオフテーカーが見つかるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。

2022年における日本の低炭素投資のGDP比は、G7の中で最低で、0.6%にも満たなかった。一方、英国はドイツ、フランスに次いで3位の0.9%であった。その前の2年間においても英国は1%以上を記録したが、日本は0.6%程度であった。主にメディアを通じてであるが、英国に住んでいると、太陽光・風力発電、フレキシビリティ、送電ネットワーク、そして陸上運輸における電化に着々と投資が進んでいることを実感する。一方、日本ではフレキシビリティそして送電ネットワークへの投資は、これからであると理解している。ロンドンを訪れる知人が、Tesla、VW、KiaのEVが多いことに、そして公共交通のバスのほとんどがEVバスであることに驚いたりする。

日本の低炭素投資のGDP比が低い最大の理由の一つは、国内の投資環境が整っていないからであろう。日本企業は英国を含め、欧米における低炭素プロジェクトに積極的に投資しており、投資環境が整っている国における投資熱は高い。日本政府は2050年までにネットゼロエミッションを達成すると公約しているが、一度もその詳細なシナリオを示したことがない。海外のNGOは日本が石炭火力発電を継続する一方において、ネットゼロのシナリオを示さないことを問題視している。日本政府がシナリオを示すことができない理由として、原子力発電の行方が見えないことがあるのではと想像されるが、そうであればプランA、プランBのシナリオを示すべきであろう。英国政府はネットゼロを公約する前に詳細なシナリオスタディを行い、ネットゼロが既存のテクノロジーで達成できることを確認した上で、公約を行った。日本ではネットゼロの全体像という総論がないまま、水素がどうこうといった各論で始終し、根拠に欠ける2030年の水素期待コストが独り歩きしている。日本企業による海外での低炭素投資はその国のエミッションの削減に貢献するが、日本国内のエミッションの削減には貢献しない。投資を促すためには、何に対する投資がいつまでにどの程度必要になるかが明確にされなければならない。

投資環境の整備には法規制制度の改革が不可欠である。私は毎週末、英国政府からその1週間に出されたエネルギー関連の知らせやレポートを受け取るようにしているが、それらを見ているとネットゼロ達成のために法規制制度がどんどんと変わっていることが如実にわかる。現在、たとえば、水素発電を長期のバックアップ電源とするためにはどのような市場介入が必要か、どのようにキャパシティマーケットのルールを変えるべきかについてコンサルテーションが行われている。ネットゼロのためにはバックアップとしての水素発電が不可欠という考えから、それが実現できるように規制・制度を変えるのである。

日本の場合、特に電力部門における規制の遅れ・不備が大きな足手まといとなっていると言える。日本の税・賦課金を含まない電気料金は歴史的に一貫して、世界で最も高いレベルにあり、現在以上の値上げは困難である。しかしながら、これから炭素税そして電力グリッドへの投資負担金が加わることになる。日本の電力産業は、とりわけグリッドの建設・維持のための財・サービスの調達から地域に分かれた運用まで、前近代的で非効率的であると言える。解決には時間がかかる。それ故に、送電システムの統合・国有化(ナショナルグリッド)といった大胆な政策が必要であろう。英国では送電システムの運用会社が公共機関となり、更に、公共の発電会社が設立されることになっている。いずれもネットゼロ達成の目的をもつ。

投資環境改善の必要性はあるが、Beyond-ESG Investmentの機会はあちこちに存在する。たとえば、中小規模の太陽光発電、廃熱利用、ヒートポンプ、離島の風力発電、植林などである。キーワードとして地域・コミュニティーそして官民連携をあげることができる。廃熱利用はネットゼロのための不可欠なコンポーネントであるが、たとえば英国においてもデータセンターの廃熱の利用は進んでいない。電気ではなく熱にして保存し、それを産業用に使用するといったことも言われているが、ほとんど実施されていない。廃熱利用に限ったことではないが、企業のBeyond-ESG Investmentを促進するために自治体が果たすべき役割は大きい。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

津村照彦(LRI会長)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
タイトルとURLをコピーしました