独Schott社、ガラス溶融工程の排出削減に向けた水素実地試験を実施

2030年の全社的排出ニュートラルを目指す(LRI Energy & Carbon Newsletterから)

ドイツの特殊ガラス製造最大手Schott社は、ガラス業界でいち早く2030年までに排出ニュートラルを実現するという目標を2020年末に明言し、戦略的プログラム「Zero Carbon」に着手した[1]。同社の主力製品である調理コンロ耐熱ガラス、医薬品や電子機器用の特殊ガラス、ガラスセラミックス(結晶化ガラス)の製造工程では最高1,700℃の溶融温度を必要とする。エネルギー集約型事業者として同社のカーボンフットプリントは年間CO2約1万トンに上っていたが、「Zero Carbon」戦略のもと2021年に全社的に再生可能エネルギー電力に100%切り替えるなどで、2022年には60%の排出削減を実現した。再エネの調達では国内の風力発電事業者など3社と直接電力購入契約(Power Purchase Agreement=PPA)を交わしており、2023年は国内事業所の電力需要の17%をこれで賄う。PPAは今後さらに増やす計画である[2]。

ガラス製造工程を排出ニュートラルにするための抜本的な課題は、ガラスの原料である珪砂、石灰、ソーダ灰の溶融工程で天然ガスを使用しないソリューションを開発することである。Schottは新技術への転換を「Zero Carbon」プログラムで長期的な取り組みが必要となる重要な課題と位置付け、天然ガスに代わる燃料として水素に期待している。ただ、実際の製造工程に新技術を導入できる段階までに研究開発期間と大規模な投資が必要となる。水素ソリューションが実現するまでは、排出量を埋め合わせる措置として、CO2吸収源拡大のための植林・再植林や生態系保護などの持続可能な気侯保護プロジェクトへの投資を継続して行う。

 

政府助成P2Xプロジェクトに参加

ドイツでは連邦教育研究省の助成を受けたエネルギー研究イニシャチブ「Kopernikus」を通して、産学官の約160組織・団体が2045年の排出ニュートラル社会実現に寄与する技術の研究に取り組んでいる。そのひとつがP2X(Power to X)プロジェクトで、再生可能エネルギー電力を燃料、熱、気体、化学品など別の形のエネルギーに変えて交通、産業、ヒーティング分野で利用することを目的に、様々な技術・プロセス開発プロジェクトが行われている。Schottは水素の産業利用に関わるプロジェクトに参加し、2021年初め、天然ガスの代わりに水素を使ったガラス原料溶融工程の試験をパイロットプラントで行った。8週間にわたる試験の結果、水素の燃焼は天然ガスと同様の出力と温度に達し、製造したガラスの品質も類似していたことを確認した。ただ、天然ガスとは異なり水素の燃焼では水蒸気が発生するため、これがガラスの特性にどのような影響を及ぼすかを検証することが新たな課題となっている[3]。

 

天然ガスと水素の混合気体で実地試験

SchottはP2Xプロジェクトの成果を踏まえ、本拠地Mainzの工場で実地試験プロジェクトを立ち上げ、2022年11月に実際の生産設備を使った試験を開始した。プロジェクト投資額は71万4,000ユーロで、地元ラインラント・プファルツ州が欧州地域開発基金(European Fond for Regional Development)を財源に33万8,000ユーロを助成した。プロジェクトのパートナーであるMainzer Stadtwerkeは、2015年に風力発電によるグリーン水素の生産を開始した地元公営ユーティリティ会社で、同子会社が可動式水素混合装置を使い天然ガスと水素の混合ガスを製造し、既存の天然ガス供給インフラを使って溶融工程に供給する役割を担った。混合ガスの水素比率を10日おきに3段階で引き上げ、最終的に気体体積の35%まで増やして試験を行った[4]。実地試験では水素混合ガスの燃焼で天然ガスと同等の高温を出すことができ、非常に良好な結果が確認されたことから、来年は実験室レベルで100%水素による溶融試験を行う計画である[5]。全社的に新技術を導入するための前段階として、2025年には排出ニュートラルのガラス製造パイロット生産施設の稼働を目指している。

 

グリーン水素の安定供給とインフラ構築への要求

Schottはガラス生産工程の画期的な技術転換は排出ニュートラル実現にとって最も重要であるとともに最も困難な課題であると認識したうえで、天然ガスなどの石化燃料が完全に必要なくなるのは2030年以降と見ている。技術・プロセスの研究開発と投資に加え、産業規模でのグリーン水素の安定的供給と同インフラの構築など、長期的な計画に基づく政策的な取り組みが必要となるからである。また、生産工程への本格的な導入には、特にグリーン水素の価格競争力も重要な要因としている[6]。独政府は、水素製造に必要な水電解装置の設置済容量を2030年までに10GWにすることを戦略目標に掲げている。ドイツ科学技術アカデミー(ACATECH)と化学技術・バイオテクノロジー協会(DECHEMA)の共同調査によると、2030年のグリーン水素需要は少なくとも50TWhに拡大し、政府目標が達成できたとしても大幅な供給不足となると予測している[7]。新エネルギーであるグリーン水素市場の早期確立のため、新たな政策措置を求める声は今後一段と高まるであろう。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] Schott HP 2020年12月2日付プレスリリース https://www.schott.com/en-us/news-and-media/media-releases/2020/schott-wants-to-be-climate-neutral-by-2030
[2] Schott HP 2022年9月29日付プレスリリース https://www.schott.com/en-us/news-and-media/media-releases/2022/schott-achieves-first-successes-in-its-climate-neutrality-initiative
[3] Kopernikus HP 2021年3月31日付プレスリリース https://www.kopernikus-projekte.de/aktuelles/news/glasherstellung_mit_guenem_wasserstoff_erstmalig_erfolgreich_getestet
[4] Schott 2022年5月2日付プレスリリース https://www.schott.com/de-de/news-and-media/pressemitteilungen/2022/schott-und-mainzer-stadtwerke-testen-glasherstellung-mit-klimafreundlichem-wasserstoff
[5] SWR 2022年12月12日付記事 https://www.swr.de/swraktuell/rheinland-pfalz/mainz/pilotprojekt-glasherstellung-bei-schott-mainz-mit-wasserstoff-100.html#:~:text=Die%20Mainzer%20Stadtwerke%20unterst%C3%BCtzen%20das,einem%20Tank%20auf%20dem%20Firmengel%C3%A4nde
[6] Schott HP 2022年9月22日付プレスリリース(前述)
[7] ACATECH 2022年2月22日付記事 https://www.acatech.de/allgemein/entscheidende-phase-fuer-erfolgreichen-wasserstoff-markthochlauf/

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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