住宅暖房の排出ニュートラルはヒートポンプをけん引力に

ドイツ政府、2030年までに600万台設置目指す  LRI Energy & Carbon Newsletterから

ドイツの空調設備大手フィースマン(Viessmann)が5月初め、ヒートポンプ事業と気候関連ソリューションの開発・生産能力増強に向こう3年間で10億ユーロを投資すると発表した。2021年の連結売上高は34億ユーロで前年比21%増の大幅増収となったが、中でもヒートポンプシステムの販売台数が28%増と好調で、建物用空調部門の売上全体に占める比率拡大(41%)に大きく貢献した。新政権(社会民主党=SPD、90年同盟・緑の党、自由民主党=FDP)が、2030年までのヒートポンプ暖房システム設置目標を前政権の400万台から600万台に大きく引き上げたことも、大規模な投資決定の強力な後押しとなったことは間違いない。

 

連邦ヒートポンプ連盟(Bundesverband Warmepumpe, BWP)によると、2021年のヒートポンプ暖房システム販売台数は前年比28%の大幅増の15万4,000台で、温水用が15%増の2万3,500台だった[1]。ウクライナ戦争勃発でエネルギー価格がさらに高騰したことからヒートポンプへの関心が一段と高まったもようで、今年第1四半期もヒートポンプ暖房機は前年同期比35%増と堅調である。販売が好調な背景には、燃料価格の高騰や、ガス・石油暖房が排出ニュートラル実現に向け将来的に販売禁止となる可能性があることに加え、政府助成金も大きな魅力となっている。エネルギー効率の良い建物への政府助成制度(Bundesforderung effiziente Gebaude, BEG)[2]は高効率ガス暖房(再生可能エネルギー対応可)、ガスハイブリッド、ソーラーパネル、バイオマス暖房、ヒートポンプ、再エネベースの刷新的な暖房技術、再エネハイブリッド暖房等の投資を助成する。最低2,000ユーロ(税込み)以上の刷新措置が対象で、建物1軒あたり1年で6万ユーロの上限を設けている。石油暖房システムをヒートポンプと交換する場合、設置コストの最高45%、ガスなど他のシステムとの交換では最高35%が助成される。2021年の申請数は66,496件に上った。

 

ドイツの住宅暖房の主流はガス・石油暖房あるいは地域暖房で、2000年以降、再生可能エネルギー(ソーラーサーマル、薪、バイオマス 、ヒートポンプ)が徐々に注目されるようになった。ガス暖房は石油より燃料費が安いことから、2005年ごろまで新築住宅建物の70%超に採用されていたが、近年ヒートポンプ暖房の需要が高まり、2015年51.5%、2021年34.3%と減少している。一方、ヒートポンプは2015年の31.4%から2020年45.8%、2021年50.6%に拡大し[3]、新築暖房システムの標準となりつつある。新築住宅でヒートポンプの採用が進む一方、既存住宅の圧倒的多数はガス・灯油暖房だが、老朽化による交換やエネルギー効率向上のための刷新措置では高効率のガス暖房システムが選択されることが多い。

 

ドイツでヒートポンプ普及加速の最大の障害といえるのは化石燃料に比べ約7倍も高い電力価格である。2021年下半期のkW時あたり消費者電力価格はEU加盟国平均価格が0.2369ユーロだったが、ドイツは0.3234ユーロでデンマーク(0.3448ユーロ)に次いで高かった[4]。電力価格が高いのは付加価値税(VAT)のほかに電力税や再生可能エネルギー(EEG)割増金、系統連系コストなどが上乗せされているためで、デンマーク同様、VATと他の租税を合わせた負担率が電力価格の50%を超える。そのため、電力価格が約0.20ユーロのフランスで導入が進むというのとは事情が異なり、ヒートポンプが一次エネルギーをあまり必要とせずCO2排出低減に貢献できるにもかかわらず、ドイツの消費者を納得させることに苦心している。ただ、ウクライナ戦争に端を発した化石燃料価格の高騰と、今年7月からの再生可能エネルギー割増金廃止などで今後安定的に電力価格を下げることができれば、ヒートポンプの魅力の認知度が高まり、暖房システム交換でも需要に火がつくかもしれない。

 

ヒートポンプ連盟は第三者調査の分析に基づき、ヒートポンプ普及拡大のロードマップとして、政府目標の2030年600万台に向けてまず2025年までに300万台の設置を目標に掲げる。国際経営コンサルティングPwCの市場分析レポート「暖房転換のための計画確実性-重要な成功要因としてのヒートポンプ(Planungssicherheit fur die Warmewende -Die Warmepumpe als wichtiger Erfolgsfaktor)」[5]によると、ドイツの暖房システム市場では2024年以降、ヒートポンプが主流となる観測である。25年以降の新築建物には暖房用電力に最低65%再生可能エネルギーの使用を義務付け、地域暖房システムではヒートポンプをコージェネレーションに置き換えるなど、政治が普及拡大のための方向性を政策的に示すことをことを訴えている。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] 連邦ヒートポンプ連盟 2022年1月20日づけプレスリリースhttps://www.waermepumpe.de/presse/pressemitteilungen/details/starkes-wachstum-im-waermepumpenmarkt/#content
[2] 連邦経済・輸出管理庁(BAFA) Bundesforderung fur effiziente Gebaude https://www.bafa.de/DE/Energie/Effiziente_Gebaeude/Sanierung_Wohngebaeude/Anlagen_zur_Waermeerzeugung/anlagen_zur_waermeerzeugung_node.html
[3] 連邦統計局destatis 2022年6月2日づけプレスリリースhttps://www.destatis.de/DE/Presse/Pressemitteilungen/2022/06/PD22_226_31121.html
[4] EU統計局ユーロスタット https://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php?title=Electricity_price_statistics#Electricity_prices_for_household_consumers
[5] PwC Planungssicherheit fur die Warmewende -Die Warmepumpe als wichtiger Erfolgsfaktor(2021)https://www.pwc.de/de/energiewirtschaft/pwc-planungssicherheit-fuer-die-waermewende.pdf

宮本 弘美 (LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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