欧州委員会が提案するEUの新ガス市場・水素パッケージ

LRI Energy & Carbon Newsletterから

欧州委員会は、2021年7月、2050年気候中立目標および、2030年の温室効果ガス55%排出削減目標(1990年比)の達成のための政策パッケージ「Fit for 55」の第1弾を発表した。これに続き、同年12月15日、Fit for 55政策パッケージ第2弾[1]を発表し、その一政策として、2009年に制定された現行のガス市場関連指令および規則の改定を提案した[2]。改定案は、ガス市場の脱炭素化に向けた化石ガスから再生可能・低炭素ガス(特に水素)への移行促進を目的としており、次の措置が盛り込まれている。①欧州水素市場構築のための措置、②既存ガス供給ネットワークにおける再生可能・低炭素ガスの利用促進、③ネットワーク計画の強化、④消費者の権利・保護の強化、⑤(ガス価格高騰への対応としての)供給安全確保。以下は、各措置の概要である。

 

① 欧州水素市場の構築に向けた措置
現行の2009年ガス規制は水素の利用を想定していない。そのため、水素ネットワークの所有や運用などに関するEUルールが規定されておらず、今後の水素製造・消費の拡大に必要な水素インフラ普及や水素市場構築の障害となっている。そこで欧州委員会は、EUレベルでの水素市場・インフラ関連ルールの統一に向け、新たに「水素ネットワーク事業者」に関する定義を規定し、同事業者の認定制度や欧州域内の事業者から成る新ガバナンス機構(ENNOH)の設立などを提案した。また、水素ネットワーク事業のアンバンドリングも提案しており、採択されれば2030年以降、水素ネットワーク事業は、垂直的(製造・供給と輸送・配送の分離)および水平的(ガスネットワーク事業者と水素ネットワーク事業者の分離)なアンバンドリングが義務付けられる。

 

② 既存ガス供給ネットワークにおける再生可能・低炭素ガスの利用促進
欧州委員会は、当面は水素インフラを新設するよりも既存の天然ガスインフラを使用する方がコスト効率が高いとして、再生可能・低炭素ガスの既存ガス市場およびネットワークへのアクセスをより容易にする意向である。そのために、これらガスを対象としたインフラ使用料金のディスカウント(越境相互接続についてネットワークユーザー料金を100%免除など[3])や、越境流通の円滑化に向けた措置(2025年10月以降、ガス輸送事業者(TSO)は最大5%までの水素含有ガスの受け入れを義務付けられる)などを提案している。また並行して、化石天然ガスからの脱却に向けて、2049年を超える化石ガスの長期供給契約の締結禁止を提案している。

 

③ ネットワーク計画の強化
2050年気候中立を実現するためには、EUエネルギーシステム全体のビジョンを電気、ガス及び水素のそれぞれのネットワーク事業者が共有し、ネットワーク計画を策定・実施していく必要がある。欧州委員会はこのための一施策として、TSOに対しては2年毎のネットワーク開発10カ年計画の提出を、そして水素ネットワーク事業者に対しては一定期間ごとのインフラ整備計画の概要の提出を義務付けるとしている。

 

④ 消費者の権利・保護の強化
EUのガス市場規制は2009年から改定されていないため、2019年に改定された電力市場規制に比べて消費者保護が不十分であると指摘されていた。そこで、ガス分野でも電力分野同等まで消費者保護を強化するため、欧州委員会は、消費者によるガス・水素の供給者の自由選択権や変更権の保証をはじめ、加盟国によるサプライヤ比較ツールの無料提供義務や天然ガス/水素のスマートメーター整備保証などを提案している。

 

⑤ 供給安全確保
欧州における最近のガス価格の急騰を受け、欧州委員会は、ガス供給のレジリエンス強化のための措置も提案している。具体的には、(地域レベルの貯蔵施設容量の評価を含む)加盟国によるリスク評価の実施を義務付け、特に高リスクの地域には最低貯蔵量を義務付けるなどを提案している。また、深刻なガス供給不足やそれに伴う価格高騰が起こった場合に備えて、複数の加盟国が任意で、ガスストックを共同調達・貯蔵することを容認する要件(欧州委員会の緊急時対策としてもそのストックを使用可能とすることや、共同ストックに関する通知・報告義務等)も規定している。

 

今後、同欧州委員会提案に基づき、欧州議会およびEU理事会が、共同立法手続きを進めていくことになる。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] 欧州委員会プレスリリース
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_21_6682
[2] 再生可能ガス、天然ガスおよび水素の域内市場共通ルールに関する指令案
https://ec.europa.eu/energy/sites/default/files/proposal-revised-gas-markets-and-hydrogen-directive.pdf
再生可能ガス、天然ガスおよび水素の域内市場に関する規則案
https://ec.europa.eu/energy/sites/default/files/proposal-revised-gas-markets-and-hydrogen-regulation.pdf
[3] 欧州委員会は、再生可能・低炭素ガス輸送について、越境時にネットワークユーザーがガス輸送事業者に支払う料金を排除することを提案している。水素ネットワークに関しては、2031年1月1日から同様の割引を適用することが提案されている。

市原 里江 (LRIコンサルタント ブリュッセル)
関連サイト
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