ドイツは排出ニュートラル時代を担う燃料として水素の普及拡大を促進するため、国家水素戦略で2030年の水電解装置の設置済容量10GWを目標に掲げている。政府は同年の水素・同派生燃料の国内需要は95-130TWhで、その50-70%を輸入する必要があると試算している[1]。一方、水素産業のインフラ整備は大きく動きだした。送ガス運営事業者らが需要家などあらゆるステークホルダーの見解を反映して策定した2032年水素ガス基幹パイプライン計画(図参照)[2]が2024年10 月、連邦ネットワーク庁の建設認可を得た。全長約9,040kmで、このうち約6割は既存ガス網を水素対応に改造する。今年3月、第1段階として、既存ガスパイプラインの約400 kmの改造工事が年内の完了に向けてスタートした。
旧東ドイツに原子力発電所が稼働していたバルト海沿岸の町、Lubminでは現在、以下のような大型グリーン水素生産プロジェクトが進められている。主に洋上風力エネルギーを取り込む送電網と、液化天然ガス(LNG)受入れ基地や送ガス網が整備されていることに加え、今年着工する水素基幹パイプラインプロジェクト「flow – making hydrogen happen」[3]の重要な拠点のひとつでもある。事業を成功させるための理想的な立地条件が揃っているとして、Lubminにはドイツ最大のグリーン水素ハブとして未来が期待されている。
1. PtX Development:1GWプロジェクト[4]
グリーン水素プロジェクト開発スタートアップのPtX Developmentは、水電解容量1GW超のドイツ最大規模の水素生産施設を目指し、第1段階として210 MWの整備を計画する。年間生産量10万トンを見込む。グリーンエネルギー開発運営会社GP Jouleとの提携でプロジェクトを実施し、2024年秋に投資会社KGALと初期ステージ投資契約を交わしている。
2. 仏Lhyfe:800MWプロジェクト[5]
フランスのグリーン水素生産の先鋒であるLhyfeは、2029年までに原発跡地に800MW容量の水電解施設を整備する計画である。これに先立ち、ドイツでは今年3月、Schwäbisch Gmünd(Stuttgart近郊)でEUの助成を受けた水素生産プロジェクトが試験運転を開始している。この電解装置の容量は10MWで、電力調達契約(PPA)による再生可能エネルギー電力を使用する。水素年間生産量は約1000トンで、地元のテクノロジーパーク「H2-Aspen」やJET H2社の水素ステーションなどに供給する。また、Deutsche Bahn(DB)の燃料電池列車プロジェクト「H2goesRail」(Tübingenで実施)では、DBのエネルギー子会社施設内に1MW容量の水電解装置を設置、運営した。水素年間生産量は30トンで、燃料電池列車のテスト走行に投入された。
3. Deutsche ReGas-Gruppe:500MWプロジェクト[6]
Deutsch ReGasはLubmin港でLNGターミナル(貯蔵・再ガス化基地)、Rügen島Mukran港で浮遊LNGターミナルを運営するガス大手で、地元Lubminで水素事業を構築する。電解装置容量500MWの水素生産拠点の第1段階として、2026年内に200MWで稼働開始し、風力エネルギーを利用して年間約3万トンの水素を生産する。第2段階として2028年までに容量を300MWに引き上げ、全体で8万トンの生産を目指す。また、Lubmin港沖ではアンモニアを分解し水素を生産する世界初の浮遊ターミナルを建設している。水素生産能力が年間約3万トンのアンモニアクラッカーを投入し、2026年から輸入のグリーンアンモニアを原料に生産を開始する。
4. H2 APEX:1GW超プロジェクト[7]
グリーン水素ソリューション開発会社のH2APEXは、Lubminに水電解容量600MWの水素生産施設を計画しており、2028年にまず100MWでの稼働開始を目指している。地元のOPALガスパイプラインの水素対応工事が年内に完了する予定で、将来の水素供給ルートとなる。同パイプラインは水素基幹パイプラインに組み込まれ、ベルリンから化学産業の集積地Leunaを経て、南ドイツへの水素供給に貢献する。また今年3月には経営破綻した同業HH2Eを買収し、同社のLubmin原発跡地の1GW規模の水電解プロジェクトを確保した。HH2Eは、第1段階として2028年に100MWで稼働を開始し、年間約8000トンを生産、2030年までに約500MWで8万トンを生産するという野心的な構想を描いていた。H2APEXは、両施設の合計容量を2028年までに200MW整備し、中期的には1GWに拡大する考えである。H2APEXは、プロジェクト買収は処理能力を迅速に増強する有効な手段であり、シナジー効果により競争力を高め、水素市場でのポジション強化につながると見ている。一方、2022年に大型商用車向け水素ステーション事業にも参入した。地方公共交通会社REBUSが燃料電池バスの運行台数を現在の15台から年内に52台に増やす計画もあり、今後の需要拡大を見込んで小口サービスにも意欲的である。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
[1] bmwk 2024年7月24日付プレスリリース https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2024/07/20240724-importstrategie-wasserstoff.html
[2] Das Wasserstoffkernnetz https://www.kreis-vg.de/Wirtschaft/Wasserstoff/Wasserstoff-Kernnetz/
[3] 長距離送ガス網運営事業者のGASCADE、ONTRAS、terranets bwによる水素ガス輸送網プロジェクトで、ドイツ水素ガス・メインパイプライン北東―南ルートにあたる。EUのIPCEI(Important Projects of Common European Interest) に選ばれ、公的助成の対象となっている。
[4] PtX Development https://ptx-development.de/en/project-lubmin/
[5] Lhyfe 2023年11月30日付プレスリリース https://www.lhyfe.com/press/lhyfe-at-the-cutting-edge-of-hydrogen-strategies-with-a-new-800mw-project-in-lubmin-germany-to-supply-the-future-european-hydrogen-backbone-network/?_gl=1*1gou80h*_up*MQ..*_ga*MTMzNzgwNTIwOC4xNzQ0NTcxMDE4*_ga_FM7P096KS2*MTc0NDU3MTAxNy4xLjEuMTc0NDU3MTA1NS4wLjAuMA
[6] Deutsche ReGas https://deutsche-regas.de/locations/green-hydrogen
[7] H2APEX 2025年3月31日付プレスリリース https://h2apex.com/en/h2apex-news/h2apex-acquires-hh2e-lubminwerk-gmbh-along-with-a-strategically-significant-hydrogen-project-at-the-lubmin-site/