ドイツ、国家水素戦略を深化、2030年水電解設備能力を10GWに拡大

水素国際調達メカニズム「H2Global」、EUと連係 ―LRI Energy & Carbon Newsletterから―

ドイツ政府は水素をカーボンニュートラル実現のカギを握る未来のエネルギー源として推進するため、2020年に国家水素戦略を打ち出した。これまで水素関連産業の研究開発およびインフラ整備プロジェクトへの助成に力を入れてきたが、今年7月、水素市場構築への助走を加速させるためさらに踏み込んだ2030年までの戦略課題を発表した[1]。再生可能エネルギーを利用したグリーン水素の確保、産業と交通分野での水素・同派生製品(PtX)の普及促進に加え、天然ガス火力発電から水素火力発電への転換方針も明確にした。水素生産のための水電解装置の2030年国内設置済目標を当初戦略の5GWから10GWに引き上げ、水素輸送インフラでは既存ガスパイプラインの一部刷新と新敷設を合わせて2027/28年までに1,800㎞超の輸送ネットワークを整備する。このため年内に幹線輸送ルートに沿って地域分岐パイプラインを確定する計画である。鉄鋼業などの水素利用産業のプロジェクトや水素発電の助成にも力を入れる。一方、再生可能エネルギーの普及拡大を最重点課題として取り組むドイツだが、国内の発電能力整備には限界がありグリーン水素需要を国内生産で満たすことは不可能である。ノルウェー、デンマーク、オーストリア、イタリア、カナダ、ナミビアなどグリーン水素生産環境に恵まれた国々とすでに国際協力を進めているが、年内に新たな輸入戦略を打ち出す計画である。

 

水素・同派生製品入札メカニズム「H2Global」[2]

ドイツは2020年の国家水素戦略で、グリーン水素・PtX製品のバリューチェーンがドイツの新産業として迅速に基盤を整備できるよう支援する方針を明確にした。これを受けて、水素産業構築に意欲的な独企業16社[3]が2021年、同製品の生産・利用促進を使命とするH2Global財団[4]を設立し、産業分野および電化が困難な交通分野での排出削減の切り札とされるグリーン水素由来のアンモニア、メタノール、SAF(持続可能な航空燃料)などを対象にした国際入札メカニズム「H2Global」を開発した。これは売り手と買い手の注文を付け合わせるダブルオークションモデルで、子会社HINT.CO GmbHが売り手と購入契約(Hydrogen Purchase Agreement=HPA)を、買い手と販売契約(Hydrogen Sales Agreement=HSA)をそれぞれ交わすが、売買サプライチェーンの物理的な業務は行わず、両者を仲介するトレーダーの役割を担う。入札ではHINT.COは、最低価格で購入契約し最高価格で販売契約するが、グリーン水素の製造コストが非常に高いことから高額の取引損が予想されるため、同社はその補填のための政府助成金の運用管理を任されている。[5] 購入契約期間は10年と長期で、生産者には投資と事業計画の保証につながり、生産能力増強へのインセンティブになる。ただ、販売契約は1年と短期のため、需要家からは不満の声も少なくない。

昨年11月にアンモニア、12月にメタノールとSAFを対象にH2Globalによる初入札がスタートした。契約額は合計3億6,000万ユーロ(税前)を予定する[6]。応札者には持続可能な事業者であること、優良な財務内容・信用度、サプライチェーンや環境管理への厳しい条件が課された。EU・EFTA圏外で生産される製品が対象で、ドイツまたはベルギー、オランダの港を入荷先に2024~26年の納品開始を予定する。

アンモニアの入札締め切りは当初予定の2月初めから2月末に、メタノールとSAFは5月末まで延長された。H2GlobalのExenberger社長によると、アンモニアには十分な応札があったが、メタノールとSAFへの反応は控えめだったようである。[7] 一方、初販売入札は契約先決定を含めて2024年末もしくは25年半ばまでに完了する見込みである。今回の入札には総額9億ユーロの助成金が充てられる。引き続き入札を行う計画で、経済気候保護省が新たに35億ユーロ、デジタル交通省が約14億ユーロの助成を予定している。[8]

 

グリーン水素の国内需要予測

国家水素戦略では2030年の総水素需要を90~110TWhと見込むが、多くの研究報告では80TWhを下回る慎重な予測である。[9]フラウンホーファー・システム・イノベーション研究所(Fraunhofer ISI)が連邦教育研究省の助成を受けて行った水素市場分析によると、排出ニュートラルへの代替ソリューションがない鉄鋼業界や一部の化学業界では、2045年の国内業界の水素需要は約250 TWh、船舶・航空交通分野では合成燃料需要が209TWhに上ると予想される。ただ、水素需要はその販売価格や他のエネルギー源との市場競争力などに大きく影響されるため予測は非常に難しいとし、2030年の需要は卸売価格(MWh)が140ユーロ以上では40TWh以下、102ユーロで130TWhに達すると推定する。[10] グリーン水素に限って見れば、2020年の水素需要55~60TWhの約5%を占めるにとどまっており、公的助成がシェア拡大にどこまで貢献するか注目したい。

 

EUがグリーン水素輸入にH2Globalを利用

EUは域内のグリーン水素需要を満たすため、2030年までに年間生産量1,000万トンの生産能力を確保するとともに1,000トンの輸入を目標に掲げる。[11] 欧州委員会が5月末、EUの水素産業への投資を支援するEuropean Hydrogen Bank(EHB)とH2Globalとの連係を決め、EUもグリーン水素輸入への助走を踏み出した。EHBは8億ユーロを投じて年内に試験的入札をする計画である。EU加盟国も自国の水素調達入札にH2Globalを利用できるようになる。オランダがすでに年末前後の入札開始を見込んで計画を進めているほか、複数国が入札を検討しており、水素市場でのリーダーシップを目指すドイツにとって嬉しい展開となっている。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] 連邦政府HP National Hydrogen Strategy  https://www.bundesregierung.de/breg-en/issues/hydrogen-technology-2204238
[2] 連邦経済気候保護省HP https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Downloads/I/infopapier-h2-global.pdf?__blob=publicationFile&v=6
[3] Siemens Energy, Thyssenkrupp, VNG, Deutsche Bank, Salzgitter, Uniper, Hamburger Hafen und Logistik, Neuman & Esser, Reederei F. Laeisz, Viridi RE, Enertrag, Nordex, Green Enesys, MAN Energy Solutions, Hydrogenious LOHC Technologies GmbH und Linde
[4] H2Global Foundation https://www.h2global-stiftung.com/project/foundation
[5] H2Global スキーム https://www.h2global-stiftung.com/project/h2g-mechanism
[6] Ausschreibungen(入札情報) https://ausschreibungen-deutschland.de/1000587_Ankauf_von_gruenen_Wasserstoffderivaten_Los_3_-_strombasiertes_Sustainable_Aviation_Fuel_2022_Leipzig
[7] Argusmedia 2023年5月3日付記事 https://www.argusmedia.com/en/news/2445279-ammonia-garners-most-interest-in-h2global-auctions
[8] 連邦経済気象保護省2023年6月1日付プレスリリースhttps://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Pressemitteilungen/2023/06/20230601-bundesregierung-und-eu-kommission-machen-h2global-zum-europaeischen-wasserstoff-projekt.html
[9] Deutscher Bundestag HP Wasserstoffbedarf https://www.bundestag.de/resource/blob/894040/0adb222a2cbc86a20d989627a15f4bd8/WD-5-024-22-pdf-data.pdf
[10] Fraunhofer ISI HYPAT Working Paper 01/2023
https://www.hypat.de/hypat-wAssets/docs/new/publikationen/HyPAT_Working-Paper-01_2023_Preiselastische-Nachfrage.pdf
[11] European Commission HP https://energy.ec.europa.eu/topics/energy-systems-integration/hydrogen_en

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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