英国エネルギー安全保障戦略 洋上風力、原子力、水素の目標を引き上げ、北海石油ガスを増産

LRI Energy & Carbon Newsletterから

2022年4月、英国政府はパンデミック後のエネルギー需要の急増及びロシアのウクライナ侵攻によるガス電力価格の高騰を受け、新たな長期エネルギー安全保障戦略を発表した[1]。英国のガス需要は一次エネルギー全体の約40%を占める。ここ数か月で欧州のガス卸価格は500%上昇し、電源の約40%をガスに依存する英国では電力価格も高騰している。しかしながら、多くのEU諸国がロシア産のガス供給に依存する中、英国のガス総供給量のほぼ半分は国産、30%をノルウェーから賄っており、ロシアからの輸入は2021年時点で4%未満にとどまっている。英国が直面するエネルギー安全保障の問題は、ガス供給そのものではなく、国内のガス価格が国際市場で決まるため、その価格変動に大きく左右されるという点である。(ロシアガスへの依存度に関わらず、ロシアが影響力を持つガスの国際市況に左右されざるを得ない。)

 

今回発表された戦略は、化石燃料からの脱却によりこれらの価格変動に脆弱な体質を変革し、安価で安定したエネルギー供給の確保とネットゼロ目標の同時達成を目指す長期戦略である。2020年11月に発表された「グリーン産業革命のための10項目計画」[2]及び2021年10月に発表された「ネットゼロ戦略」[3]を強化する内容で、需要対策と主要エネルギー源ごとの2025年までの毎年の野心と、2030年及び2050年の中長期的な野心を掲げ、クリーンで自立したエネルギー需給構造構築のための行動計画を示した。しかし、需要対策(エネルギー利用の効率化や化石燃料需要の低減)は最初の第一歩と位置付けられているものの比重は小さく、焦点は供給サイドで、電源におけるガス依存の低減、電化、そしてカーボンフットプリントの少ない国産エネルギーの増強に重点が置かれている。具体的には洋上風力をはじめとする再生可能エネルギー及び原子力発電をベースにしたクリーンエネルギーの拡大加速と低炭素水素の供給拡大、そして北海石油ガスの増産を軸とする。政策ツールとしては資金提供と規制緩和や許認可の見直しによる設備/インフラ整備の加速が主である。同戦略の実施により、2030年までに国内電力の95%を低炭素化(2020年の発電量全体におけるクリーンエネルギー比率は約60%)、そして2035年までにグリッド電力を脱炭素できるとしている。

戦略の主要点を以下にまとめる。

 

再生可能エネルギー

洋上風力:英国の再生可能エネルギーの要である洋上風力発電については、2030年の設備容量目標を40GWから50GWに拡大した。このうち5GWは浮体式とする。この目標実現に向け、開発許可制度を見直して承認プロセスを4年から1年に短縮し、着工までの時間をスピードアップする。更に優先プロジェクト用のFast-track承認(特例承認)ルートを創設する。

陸上風力:再生可能エネルギーの中で最もコストが低い陸上風力については、承認規定の緩和について与党内で反論があったと伝えられており、結果として英国レベルでの規則改定ではなく、政府は、より安価なエネルギー料金を保証する代わりに、新たな陸上風力発電設備を受け入れる意思のある地域と、パートナーシップを構築すべく協議する、というレベルに弱められた。新たな目標も設定されていない。

太陽光発電:太陽光発電については現行の再生可能エネルギー支援制度(Contract for Difference:CfD)に加え、関連規制や許認可の見直し等の普及促進策により、2035 年までに現在の14GWから最大5 倍の70GWの設備普及を見込んでいる。

 

原子力

出力の安定しない再生可能エネルギーを補完できる、唯一の大規模展開可能なクリーンなエネルギーとして位置づけられた。過去数十年の投資不足をに終止符を打ち、2050年までに現在の3倍にあたる最大24GW容量の原発を展開し、電力需要の最大25%を賄うことを目指す。具体的な計画としては、総額1億2,000万ポンドの基金(Future Nuclear Enabling Fund)を立ち上げ、まずは次の総選挙(2024年の予定)までに一基、その次の総選挙までに更に2基の最終投資決定を行い、2030年までに最大8基の原子炉の開発を進めることを目指す。これらの原子炉には小型モジュール炉も含めたい意向である。また、開発プロセスの迅速化のために新たな政府機関(Great British Nuclear Vehicle)の設置と、許認可の簡素化にも取り組む。

 

電力ネットワーク

クリーン電力の供給を拡大するためにはネットワークインフラの整備を加速する必要がある。2020年代半ばまでに電力網敷設の承認プロセスを迅速化し、建設にかかる時間を現在の半分にまで短縮することを目指す。また、大規模長期電力貯蔵への投資を促し、水電解槽を適切な場所に設置して低炭素余剰電力を最大限に活用することで、柔軟性のある効率的なネットワークシステムの構築を目指す。

 

低炭素水素

低炭素水素は、多岐にわたる部門で利用可能で、再生可能エネルギーの余剰電力を貯蔵し、ガスの代替エネルギーにもなる「スーパーフューエル」であるとして、国産エネルギーを用いた水素生産の展開を加速するとした。2030 年までの水素生産能力の目標を現在の2 倍の最大 10GW に引き上げ、その半分をグリーン水素[4]とすることを目指す。そして2050年には240-500TWhの低炭素水素を供給する。グリーン水素は安価な余剰洋上風力電力を用いることによりコスト低減につなげる。これらの目標に向け、2022年から電解水素生産プロジェクト支援のための公募を毎年実施し、2025年までにそれぞれ1GWの電解(グリーン)水素とブルー水素の生産プラントに着工もしくは稼働させる。また、同年までに競争入札公募に移行することを目指すとともに、高品質の水素の輸出入を促進するための水素認証スキームを整え、水素輸送と貯蔵インフラのためのビジネスモデルも設計する。水素のガス導管注入については、2023年に、最大20%の水素混入の実施についての決定を下す。

 

石油・ガス

ガスは現在英国の電力システムを一つのシステムとして繋ぎ合わせる接着剤的な役割を果たしているとし、ネットゼロ目標の達成を円滑に遂行するための重要な燃料であると位置付けた。2030年までにガスの総消費量を現在から40%以上削減するとしているが、ネットゼロを達成する2050年にも今日のガス消費量の4分の1は必要になるとみられている。この需要を満たすための最善策は、輸入ガスよりも概してカーボンフットプリントの少ない国産ガス[5]を利用し、輸入エネルギーへの依存を低減することであるとして、北海石油ガスの新たな開発を促進するとした。2022年秋に新規開発ライセンス付与のための公募を実施する計画の他、プロジェクトの開発を数年単位で短縮するための新たな組織を発足させる。しかしながら、政府の助言機関である気候変動委員会は、国産の化石燃料の増産による価格変動緩和効果は僅かであると指摘している。

 

ガスを主とするエネルギー需要の削減

英国のガス需要の35-40%が家庭部門でそのほとんどがガス暖房によるものである。よって、焦点は住宅の断熱改修によるガス需要の低減と、ガス暖房の電化(ヒートポンプ)への支援である。住宅・建物のエネルギー性能改善については、2021年10月に発表された支援総額39億ポンドの「熱及び建物戦略」[6]を実行する。ヒートポンプについては、2022年に最大3,000万ポンド相当のヒートポンプ投資促進コンペを実施し、英国製ヒートポンプの製造を支援する。その一方で、ガスボイラの新規販売及び買い替えは2035年までに段階的に廃止し、2050年までに全ての建物が低炭素暖房を備えたエネルギー効率の高い建物になるようにする計画である。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] HM Government, April 2022, British Energy Security Strategy. Secure, clean and affordable British energy for the long term.
https://www.gov.uk/government/publications/british-energy-security-strategy
[2] HM Government, November 2020, The ten point plan for a green industrial revolution. https://www.gov.uk/government/publications/the-ten-point-plan-for-a-green-industrial-revolution
[3] HM Government, October 2021, Net Zero Strategy: Build Back Greener. https://www.gov.uk/government/publications/net-zero-strategy
[4] 再生可能エネルギーを用いたグリーン水素と原子力発電による水素を含む。
[5] 現在、英国の石油及びガス生産におけるエミッションは、前者で3%、後者で4%ほど世界平均よりも低い。参考:Climate Change Committee, 24 February 2022, Letter: Climate Compatibility of New Oil and Gas Fields. https://www.theccc.org.uk/publication/letter-climate-compatibility-of-new-oil-and-gas-fields/
[6] HM Government, October 2021, Heat and Buildings Strategy.
https://www.gov.uk/government/publications/heat-and-buildings-strategy

Yukie Ibaragi (LRIコンサルタント)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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