英国の第1回CO2貯留ライセンスラウンド

LRI Energy & Carbon Newsletterから

北海移行局(North Sea Transition Authority:NSTA[1])は、今年5月、英国初のCO2貯留ライセンス公募の暫定結果を発表した[2]。CO2貯留ランセンスはCO2貯留事業を遂行するための独占的な権利を付与するもので、貯留地の探査・評価の実施やCO2貯留許可証(CO2 storage permit)の申請・取得に必要になる[3]。2022年6月~9月に13鉱区の貯留ライセンスが公募され、19社から26件の入札があった。最終的に一部の鉱区を分割し、合計21件のライセンスが12社にオファーされた[4]。北海南部における競争が最も激しかったと言われている。(地図参照)英国では既に6件のCO2貯留ライセンスが発給されているが、今回のライセンスラウンドで、英国の年間総排出量(2022年の総排出量は331.5MtCO2[5])の約10%分に相当する貯留容量を確保できることになり、2030年までに年間20-30MtCO2を貯留するという政府目標に向けて大きく前進すると期待されている。

NSTAはライセンスをオファーした事業者名を発表していないが、各社プレスリリースによると、EnQuestがシェトランド島北東部に4件、Neptune Energyが北海南部に3件、Perenco(及びそのパートナーCarbon Catalyst)が北海南部に1件以上、Sprit Energyが東アイリッシュ海に1件のオファーを獲得している。また、Synergia Energy は、入札2件のうち1件がNSTAによる検討下にあると発表している。他にも、Eni、Shell、bpに加え、エイコーンCCSプロジェクト(Acorn CCS)(英国政府の第2回CCSクラスター構築支援公募の有望候補として指名されているスコットランド北東沖のCCSプロジェクト)のコンソーシアム企業がオファーを受けたと報じられている。

オファーを得た企業のうち、EnQuest、Neptune Energy 、Spirit Energy及びSynergia EnergyのCCSプロジェクトを以下に紹介する。

 

EnQuest:シェトランド島Sullom Voeガスターミナル(SVT)における脱炭素ハブ構築プロジェクト

EnQuestは、英領北海とマレーシアで活動する独立系石油・ガス会社である。成熟した寿命後期の石油・ガス資産の有効活用に特化しており、再生可能エネルギーや脱炭素プロジェクト向けのインフラ転用やアセットの撤去も実施する。

EnQuestが落札した鉱区には、稼働中のMagnus及びThistle油田と生産を終了したTern及びEider油田がある。これらの油田は同社が運営する欧州最大規模の石油・ガスターミナルの一つであるシェトランド島Sullom Voeターミナル(SVT)にパイプラインで接続されている。Sullom Voe港は大型船用のバースが4基ある深水港で、EnQuestは国内及び欧州域内外から液化CO2を SVTに船舶輸入し、既存の海底パイプライン設備を活用してCO2を貯留サイトに輸送する計画である[6]。船舶輸送によりCO2を集積するため、CO2輸送・貯留インフラへのアクセスが容易でない、国内外のCO2排出クラスターにCO2貯留サービスを提供できる。EnQuestが実施した初期フィージビリティスタディによると、落札した鉱区では年間最大10MtCO2を貯留でき、貯留可能総量は500MtCO2以上にのぼる可能性がある[7]。

SVTは約405ヘクタールの広大な敷地を有しており、EnqQuestはここに欧州最大の新エネルギー・脱炭素ハブを構築する野心を持つ。シェトランド島周辺海域の石油・ガス生産の減少に伴いSVTの施設の利用が非効率になっており、EnQuestは石油・ガス処理用の施設を縮小し、余った施設をCO2貯蔵やグリーン水素生産のための施設に転用するプロジェクトに着手した。シェトランド島地方議会は同島を世界的なクリーンエネルギー・アイランドにしようとするORIONプロジェクトを進めているが、EnQuestは、2022年3月に、このプロジェクトの柱の一つとして、SVTのエネルギー転換プロジェクト(北海の石油ガスプラットフォームの電化推進、グリーン水素及びその由来製品の生産、CO2貯留)を独占的に進めることで議会と合意している。

 

Neptune Energy:DelpHYnus(デルファイナス)プロジェクト

Neptune Energyは、ロンドンに本社を置く独立系石油・ガス開発会社で、北海南部に英国最大のガス田であるCygnusを運営する。同社のDelpHYnusプロジェクトは、ブルー水素生産とCCSプロジェクトを同時に進めるもので、英国政府の第一回CCSクラスター構築支援公募(2020年代半ばまでに稼働を目指すCCSクラスター構築支援)に応募したものの落選、2030年までの稼働を目指す第2回CCSクラスター構築支援公募での落札を目指していると報じられている。

DelpHYnusは、イングランド東部のハンバー南に立地する、テッドルソープ旧ガスターミナル(Theddlethorpe)の敷地に1.8GW規模の水素生産プラントを建設し、このプラントやハンバー南の産業プラントから排出されるCO2を回収し、同ターミナルから北海南部に伸びる現在不使用のパイプラインを転用して枯渇ガス田や帯水層に輸送・貯留する構想である。同社によるとこのプロジェクトにより570MtCO2が貯留可能である[8]。

テッドルソープ旧ガスターミナルは、Harbour Energyとbpが主導するViking CCSプロジェクトの関連陸上施設の建設が検討・計画されている区域でもある。Viking CCSは、Chyrsoar社がCO2貯留ライセンスを保有する北海南部の貯留サイトに、既存パイプラインを転用してハンバー南部の大型産業施設から回収されるCO2を輸送・貯留するプロジェクトで、政府の第2回CCSクラスター構築支援公募の有望候補に指名されている。

 

Spirit Energy:Morecambe(モアカム)ネットゼロクラスター

Spirit Energyは英国のエネルギー大手セントリカ(69%)とドイツの自治体ユーティリティ大手シュタットベルケ・ミュンヘン(31%)を株主とする会社で、英国とオランダで主にガス生産を手掛ける。同社はイングランド北西モアカム湾に繋がるアイリッシュ海にライセンスを1件落札した。Spirit Energyは、今年1月、この鉱区の2つの枯渇ガス田を炭素貯留サイトとして再利用し、バローターミナルを拠点とするモアカムネットゼロクラスターを構築するCCSプロジェクトを正式に発表、4月に第2回CCSクラスター構築支援公募への関心表明(Expression of Interest)を提出した。Spirit Energyはこれら2つの枯渇ガス田を核として英国最大級のCO2貯留ハブを構築することを目指している。まず年間5MtCO2を貯留、その後、同25MtCO2万トンにまで拡大し、最終的には、今日の英国の年間CO2 排出量の3年分に相当する最大1,000MtCO2の貯留が可能であるとしている[9]。最大株主のセントリカはこのプロジェクトが第2回CCSクラスター支援公募で選出されれば、10億ポンド以上を投じる用意があるとしている。

 

Synergia Energy:Medway Hub (メドウェイ・ハブ)CCSプロジェクト

Synergia EnergyはCCS事業を取り込みカーボンニュートラル・ガス生産事業を進めるオーストラリアの企業である。インドのCambayでの旗艦CCSプロジェクトに加え、英国南東のアイルオブグレイン(Isle of Grain)でもMedway Hub CCSプロジェクトを進めている。アイルオブグレインに立地する3つのガス火力発電プラント(合計容量3.1GW)からCO2を回収して、アイルオブグレインLNGターミナルまでパイプライン輸送して、液化・貯蔵し、同ターミナルから北海南部のCO2貯留サイトに船舶輸送する構想である。CO2貯留サイトは、当初、イングランド北東沖のForbes及びEsmond枯渇ガス田を利用することを想定していたが、同海域における洋上風力発電開発事業との重複を懸念したNSTAがこれらのガス田をCO2貯留ライセンスラウンドの公募鉱区から除外したため、Symergia Energyはアイルオブグレイン・LNGターミナルにより近い枯渇ガス田と帯水層への貯留へと切り替えた。どのガス田かは正式に発表されていないものの、同社資料によるとターミナルから北へ約230kmのイングランド南東の沖合である[10]。今回のライセンスラウンドでは2鉱区に入札したが、1鉱区は落選したことを発表している。

 

今後の流れ

NSTAは今後、事業者のライセンスオファーの受諾を受け、正式にライセンスを交付する。ライセンスオファー鉱区が入札鉱区よりも小さいなどの理由で事業者がオファーを辞退すれば、NSTAはその鉱区に入札していた別の事業者にライセンスをオファーする。正式にライセンスを取得した事業者は、CO2貯留のための探査・評価活動に着手することになるが、この活動を開始する前に、クラウンエステートまたはクラウンエステートスコットランドから海底リース権を取得する必要がある。また、関連許認可の取得も必要である。

NSTAによれば、ライセンス交付後早ければ6年後には貯留サイトへのCO2の圧入を開始できる。英国が2050年までに炭素中立を達成するためには、最大100のCO2貯留地が必要になる可能性があり、NSTAは今後もCO2貯留ライセンスラウンドを実施する必要があるとみている[11]。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

—————————————————————————–
[1] 英領北海における石油天然ガス開発、CO2貯留開発を規制する機関。
[2] https://www.nstauthority.co.uk/news-publications/news/2023/huge-net-zero-boost-as-20-carbon-storage-licences-offered-for-award/
[3] ライセンスは当該鉱区における活動を許可するものではない。
[4] 5月の発表時点では20件のライセンスがオファーされたが、6月に追加で1件のライセンスがオファーされた。https://www.nstauthority.co.uk/news-publications/news/2023/nsta-offers-additional-carbon-storage-licence/
[5] Department for Energy Security & Net Zero, 30 March 2023, 2022 UK Greenhouse gas emissions, provisional figures.
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1147372/2022_Provisional_emissions_statistics_report.pdf
[6] https://www.enquest.com/media/press-releases/article/enquest-plc-awarded-offer-of-carbon-storage-licences
[7] EnQuest, Annual Report and Accounts 2022, p. 14. https://www.enquest.com/fileadmin/content/Annual_Reports/Annual_Reports_2023/41076_EnQuest_AR22_SR_spreads.pdf
[8] https://www.neptuneenergy.com/media/neptune-insights/gas-production-key
[9] https://www.spirit-energy.com/newsroom/press-releases/spirit-energy-launches-plan-for-carbon-storage-cluster/
[10] Synergia Energy, Medway Hub Carbon Capture & Storage Project.
https://www.synergiaenergy.com/sites/synergia-energy-ltd/files/documents/documents-downloads/Medway%20Hub%20CCS%20R8%20WE.pdf
[11] https://www.nstauthority.co.uk/news-publications/news/2023/huge-net-zero-boost-as-20-carbon-storage-licences-offered-for-award/

アルコー静芳(LRIリサーチ・ディレクター)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
タイトルとURLをコピーしました