独鉄鋼大手Salzgitter、2025年にグリーンスチール供給開始

水素還元製鉄への転換で2033年の排出ニュートラル目指す

ドイツの産業分野のCO2排出量の約3割を占める鉄鋼業は、政府が掲げる2045年のカーボンニュートラル達成に向けて大きな課題を抱えている。高炉でコークスを使って鉄鉱石を還元する伝統的な高炉製鋼法が大量のCO2を排出するためで、製鋼工程全体の排出量の約85%がここで発生している。従って、鉄鋼業が抜本的に排出を削減するためには製鋼法の転換は避けて通れない。このソリューションとして大きく期待されているのが、高炉を使わない直接製鉄法と呼ばれる製鋼法である。通常、鉄鉱石を天然ガスで直接還元した後、電気炉で処理する方法だが、業界では天然ガスの代わりに水素で還元する直接製鋼法によりカーボンニュートラルを実現しようという動きがみられる。ドイツの鉄鋼大手Salzgitterは工程転換にいち早く着手した。2025年に水素還元製鋼法への移行を開始し、2033年にはグリーンスチール生産への完全シフトを目指している。

 

ローカーボンスチールへの転換プログラム「SALCOSR」[1]

Salzgitterは2015年、ローカーボンスチールメーカーへの転換プログラム「SALCOSR(Salzgitter Low CO2 Steelmaking)」を立ち上げた。目標は2033年までに水素を使ったローカーボンスチールの生産に切り替え、年間800万トンの排出削減、すなわちCO2排出量を95%以上削減することである。このため水素還元プラント2基と電気炉3基を設置する。第1段階として2025年中に粗鋼年間生産能力約190万トンを整備し、まず総生産量の30%をこれに切り替える計画である。新プラントは2024年末に着工し2025年末の稼働開始を予定する。製鋼法の移行に伴い、ハイパワー黒鉛電極(UHP)と二次精錬工程で使われる取鍋加熱炉(Ladle furnace)用電極の安定的な調達を確保するため、昭和電工と戦略的供給契約を交わしている。また、カナダのBaffinland Iron Minesと同社の高品位鉄鉱石を使った水素還元鉄の研究提携で基本合意するなど、グリーンスチールメーカーへの転換に向け余念がない。

グリーン水素の調達では、ドイツガス最大手Uniper[2]と提携している。同社は北海に面した事業拠点Wilhelmshavenにグリーン水素の輸入および生産ハブとして整備するプロジェクト「Green Wilhelmshaven」[3]を推進している。2030年までにアンモニアの輸入ターミナルと容量1GWの電解装置を整備し、アンモニアを電気分解し水素を製造する。風力発電によるグリーン水素を年間約30万トン生産し、国内の水素需要の10~20%を満たせると見ている。Salzgitter はまた、風力タービン7基と電解装置を社内に設置しグリーン水素の生産を目指すプロジェクト「WindH2」や、製鉄工程の排熱を利用した蒸気による高温電解装置の開発に取り組む国際プロジェクト「GrInHy2.0(Green Industrial Hydrogen)」の参加を通して、水素需要の一部を自社生産する準備も進めている。

SalzgitterはSALCOSプログラムを推進・実現するため7億2,300万ユーロの追加投資を決めた。これに加え、連邦政府と同社の地元ニーダーザクセン州が、ドイツの製鉄業が2045年までに持続可能な産業に転換するための重要な取り組みと位置づけ、共同で助成することを決めた。欧州委員会は、EUの水素戦略目標とグリーンディールの実現に貢献するとして、10億ユーロの公的助成を承認している。

 

グリーンスチール供給で大口顧客と事前合意

カーボンフットプリント削減のスコープ1(事業での直接排出)と2(エネルギー起源の間接排出)の目標達成や進捗がある事業者にとって、次はスコープ3(材料・部品調達や輸送、製品の使用・廃棄などで発生する間接排出)の削減が重要課題である。Salzgitterは2021年、鉄スクラップを利用し電気炉で精製した、高炉に比べ66%排出量の少ない鋼板の生産を開始し、自動車、家電メーカーに提供している。これら大口顧客のグリーンスチールへの期待は非常に大きく、すでに調達合意を交わしている。VW(フォルクスワーゲン)は2026年に生産開始予定の次世代電気自動車(EV)モデル「Trinity1」などに投入し[4]、BMWは欧州の生産拠点に導入する計画である[5]。Bosch、Siemensなどの家電ブランドを展開するBSH Hausgerateも、スコープ3の排出量を2030年に2018年比で15%削減すること目指し、欧州市場向け生産拠点向けに調達する[6]。このほか、鉄鋼製品卸売大手Stahloや高級白物家電Mieleなども“予約済み”である。

Salzgitterはまた、天然資源を長期的に有効に利用するための循環経済の実践という観点からも鉄鋼業界のリーダーを目指している。上記の鉄スクラップを利用した鋼板の生産・販売とは別に、BMWとは6年前から同社のLeipzig工場の生産工程で出た鉄スクラップを再利用して新しい鋼板を供給する製造サイクルを実践している。同様に新たにVWとも契約し、同社Wolfsburg工場で発生する鉄スクラップの循環利用システムの構築に取り組んでいる。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy & Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] Salzgitter HP SALCOS https://salcos.salzgitter-ag.com/en/index.html
[2] 2022年のウクライナ戦争勃発後、対ロシア経済制裁により天然ガス調達が困難となるなどで経営危機に陥ったため、連邦政府の救済を受け同年末に国営企業となった。
[3] Uniper HP Green Wilhelmshaven https://www.uniper.energy/solutions/energy-transformation-hubs/energy-transformation-hub-northwest/green-wilhelmshaven
[4] Salzgitter HP 2022年3月11日付プレスリリース https://www.salzgitter-ag.com/de/newsroom/pressemeldungen/details/default-b8dd282ba9-19456.html
[5] BMW 2022年2月1日付ブログ https://www.bmwblog.com/2022/02/01/bmw-salzgitter-steel/
[6] BSH Hausgerate HP 2023年1月16日付プレスリリース https://www.bsh-group.com/de/presse/pressemitteilungen/intensivierung-der-kooperation-zwischen-der-bsh-hausgeraete-gmbh-und-dem-salzgitter-konzern

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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