サステナブルな世界を目指すマルチレベルでの行動変容アプローチ

サステナビリティへの挑戦:ケンブリッジ大学シリーズ(1の3) LRI Energy & Carbon Newsletterから

7月19日、コロナウイルス関連の規制が公式にほぼ全て解除され、英国の経済全体は再スタートを切った。英国の大学もまた例外ではない。ケンブリッジ大学では、従来からサステナビリティの向上に特に力を入れているが、コロナ以前の大学らしい光景が戻りつつある今、サステナビリティの向上に向けた数々のプロジェクトは、今後さらに発展していくと考えられる。

 

例えば、7月7日、同大学は、このほどアラブ首長国連邦と、潜在的な戦略的パートナーシップの締結を見据えた協議の段階に入ったことを明らかにした[1]。ケンブリッジ大学と同国は、化石燃料から再生可能なエネルギーへのグローバルな移行を助けることで、気候変動に対処し、サステナブルな解決策の創造を目指すという点で、目的を一にしている。両者は、化石燃料からの脱却および第四の産業改革を手助けするためのイノベーションを目指した研究共同を模索しているとされる。

 

こうしたニュースが示唆するように、ケンブリッジ大学のサステナビリティ向上への特別な注力は、注目に値するものがある。さらに、同大学の様々な試みは、個人・組織・国家・世界といったマルチレベルでの行動変容を目指すアプローチを取り入れている点でユニークであり、将来的に企業においても参考になりうるヒントを提供しているように思われる。したがって今回は、ケンブリッジ大学で実施されている、サステナビリティの向上を目指す様々な取り組みのうちのいくつかをご紹介したい。

 

まず、研究の分野でいうと、同大学には、ケンブリッジZero2という分野横断型の巨大なリサーチグループが存在する[2]。Zero2は、自然科学を中心とした40以上の大学内研究科のコラボレーションによって、それぞれの分野における研究成果を応用し、気候変動に対応する世界的なイニシアチブを取ることを目標としている。同グループは、技術の側面からだけではなく、各エージェントのインセンティブを通じた行動変容の重要性を理解した上で、ファイナンスの側面からも様々な具体的提言を行なっている。例えば、ビットコインは、その中国での流通量の急激な増加により、今や中規模な欧州の一国よりも多くの炭素排出をもたらしていることはすでに知られている。これに対して、同グループは、ビットコインのマイニングが、再生可能エネルギーの利用率が高い地域で行われるような規制が必要であることを示唆している[3]。このような規制は、高まるビットコインの通貨価値に着目し、化石燃料産業へのネガティブなインセンティブと、再生可能エネルギー産業へのポジティブなインセンティブを与えることにより、企業および国家の行動を変容させ、再生可能エネルギー産業のさらなる促進を後押しすることができる。

 

また、同グループの報告書は、各企業のミクロレベルな行動変容を促すため、サプライチェーンに関する報告の義務付けなどを通じた、透明性確保に向けた規制が必要であることを示唆している[4]。こうした報告の義務づけのねらいは、企業がサプライチェーンを構築する際に、単に最も安い単価でサービスを提供する取引先を選ぶのではなく、サステナビリティを考慮した選択を促すことである。サステナビリティを考慮に入れた場合のモノやサービスの価値は、価格に反映されていないことが多い(簡単に言うと、安い=環境につけが回る、というパターンが多いということ)。したがって、企業が最も安いサービスを選ぶという従来の市場原理のもとでは、サステナブルな価値は企業の行動に反映されない。透明化確保の義務づけは、企業の提供するサービスの価格だけでなく、企業のサステナビリティへのコミットメントを可視化することによって、顧客や取引先の行動を変容させ(「安いから買おう」ではなく、「あの企業は良い企業だから買おう」)、結果的に企業の行動を変容させることにつながることが期待される。

 

次に、大学全体を通じたサステナビリティ向上の取り組みとしては、ケンブリッジ大学グリーンチャレンジが挙げられる[5]。同プロジェクトは、学生や教員を含めた全ての大学メンバーの行動変容を目的として、炭素排出に関する大学全体レベルの具体的な目標および戦略を設定し公表すると同時に、リビング・ラボという、学生やスタッフが用いることができる、サステナビリティ向上のための研究ラボを提供している。このラボの狙いは、様々な分野の優秀な学生やスタッフが、各自の研究内容をサステナビリティの向上といった目的のために応用することを促す点にある。例えば、学生の場合、サステナビリティを自分の研究計画に取り入れ、ラボを用いることが推奨される。ラボでは、研究成果に応じて定期的な表彰がある他、ラボを通じて研究費を獲得する学生もいる。大学内では、その目標を達成するためのゴミ出しの仕方や通勤方法に関する様々な意識向上キャンペーン等も行なっている。ケンブリッジ市内では、グリーンチャレンジの広告バナーを掲げたバンが頻繁に行き来している。

 

さらに、同チャレンジは、国連のプログラムである「グリーン・インパクト」に参加している。「グリーン・インパクト」は、各組織がどのような形で環境に貢献できるかについて、組織や個人のそれぞれの置かれた個別の状況に応じて、ビスポークな提案を行なってくれるツールキットの使用を特徴とするプログラムである[6]。現在、500以上の組織が参加しており、その中には大学や企業など様々な種類の組織が含まれる。ケンブリッジ大学では、このツールキットを用い、誰でも、オンライン上で自分の属性や状況を入力する(研究室で作業をしているか、自宅で作業をしているか等)ことで、具体的にどのような環境への貢献が可能かについての提案を受けることができる。さらに、このような提案をもとにした行動を表彰するシステムとして、同チャレンジは、毎年、専攻科、研究所、カレッジ、教員や学生個人ごとに、グリーン・インパクト賞を毎年設定し、特別な貢献をしたグループや個人を表彰し、金・銀・銅それぞれの賞を与えている。企業がこのツールキットを導入した場合には、企業、部門レベルだけでなく、従業員個人がこのツールキットを使うことによって、マルチレベルの企業行動改革へとつなげることにより、新世代の消費者に支持される、サステナブルなブランド価値を生み出すことができる可能性がある。

 

以上は、ケンブリッジ大学が実施しているサステナビリティ向上のための取り組みのうち、ほんの一部の例にすぎない。しかし、インセンティブの付与を通じた、マルチレベルでの行動変容へ向けたアプローチ方法を果敢に取り入れる同大学の姿勢は、各企業が、サステナビリティの向上という新たなブランド価値を生み出していくための参考になるかもしれない。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] https://www.cam.ac.uk/news/cambridge-and-uae-in-talks-over-pioneering-collaboration
[2] https://www.zero.cam.ac.uk
[3] https://www.zero.cam.ac.uk/stories/its-time-develop-zero-carbon-bitcoin-industry
[4] https://www.cambridge.org/engage/api-gateway/coe/assets/orp/resource/item/5fa1b3a118fd43001231c78f/original/a-blueprint-for-a-green-future-multidisciplinary-report-on-a-green-recovery-from-covid-19-by-the-cambridge-zero-policy-forum.pdf
[5] https://www.environment.admin.cam.ac.uk
[6] http://greenimpact.nus.org.uk

西貝 小名都
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