ドイツの水素エンジン商用車開発動向

長距離輸送や建設・作業機械の排出削減の即戦力として期待

ドイツ南西部のKarlsruheで今年9月に開かれた商用車展示会NUFAMで、水素エンジン(H2-ICE)技術の特別展示が行われた。これを主催したAllianz Wasserstoffmotorは、内燃エンジンシステムの改良により低コストで導入できる水素エンジン車が、経済的負担を抑えて商用車の排出ニュートラルを早期に実現できるソリューションとして重要な役割を果たすとし、その推進に取り組んでいる。とりわけ、バッテリーや燃料電池(FC)による電気駆動には技術的、また経済性の観点から限界があるとされる大型商用車や建設・作業機械などで利点が大きいと見ている。

Allianz Wasserstoffmotor e.V.(水素エンジンアライアンス)[1]
Allianz Wasserstoffmotor は2022年初め、水素エンジンの技術開発に関わる情報交換プラットフォームとして自動車メーカー、サプライヤー、エンジニアリング会社、研究機関の参加で発足し、現在80を超える企業・組織が加盟する。水素エンジンの実用化に向けた関連業界の開発動向を紹介するとともに、水素供給インフラや関連規制の整備を含めて同技術が普及するための政策的支援を求めている。水素エンジンの普及は水素の供給不足につながるという批判的な見方に対しては、むしろ需要拡大の見通しが投資を促し、水素産業の構築と発展に貢献すると強調している。

大きな駆動力が必要な大型商用車では、大容量バッテリーの搭載により積載量が制限されるうえ、充電時間がかかるなどでバッテリー車(BEV)は稼働効率が劣り、燃料電池車(FCV)はこれらの短所がないが現時点では非常に製造コストが高く、技術向上も必要とされる。水素エンジンはディーゼルエンジンのピストン、インテイク、イグニッションなど一部のシステムを改良することで、比較的短期間で開発でき、初期投資と製造コストを大幅に抑えられるのが大きな利点である。また、ディーゼルエンジン車の構造とあまり異ならないため、メンテナンス作業でも既存の整備インフラやネットワークを引き続き利用できる。将来、グリーン水素が値ごろな価格になることが前提であるが、水素エンジンには大型トラックや建設機械の排出ゼロを実現できる経済的な選択肢としてのポテンシャルがあるといえよう。

水素エンジン商用車の開発事例
KEYOU:内燃エンジンを水素対応のエンジンに改良するための技術、コンポーネント、燃焼方法の開発に取り組み、2022年にミュンヘン国際自動車ショー(IAA)で水素エンジン搭載の18tトラック(車両総重量ベース)と全長12mの公共交通バスのプロトタイプを世界に先駆けて発表した。航続距離500㎞超の18tトラックはDaimler ActrosのシャーシにDeutz社製の水素エンジン(排気量7.8ℓ)を搭載したもので、今年春、物流グループEP Transに納品した。新たに開発中の40tトラックは2026年の製造開始を目指している。

MAN Truck and Bus:積載重量が非常に大きい、あるいは極限の気象環境下で投入される商用車では水素エンジンが重要な役割を果たすとみている。バッテリー搭載スペースが小さく電化が難しい特殊な車軸構造のトラックを対象に、出力520PSの水素エンジンを搭載し航続距離約600㎞のMAN hTGXを開発した。今年約200台を製造し、ドイツ、オランダ、ノルウェー、アイスランドなどの顧客への納品を目指していたが、計画は遅れているようである[2]。

Liebherr:水素エンジン駆動の大型ホイールローダーL 566 Hを開発した。道路建設国内最大手のSTRABAGが建設機械やトラックの排出削減策のひとつとして、2024年10月から採石場で同作業車の実証試験を行っている。[3]

Mercedes-Benz Special Trucks :産学連携の特殊作業車向け水素エンジン開発プロジェクトの一環で、 Daimlerの多目的作業車ブランドUnimogのクローラーダンプを使った水素エンジン搭載プロトタイプを開発し、実地試験を通して成果を確認している[4]。

H2-ICE DemoCar[5]:水素エンジン搭載の軽量商用車の開発プロジェクト(2021年7月-2024年末)で、Bosch、MAHLE、umicore、DHL、アーヘン工科大学など多数の研究機関が参加し、水素エンジン、排ガス処理装置、タンク、エンジン制御システムなどを開発した。デモ用モデルは水素エンジンベースのハイブリッド駆動が特徴。Ford のTransit Custom PHEVを改良したプロトタイプはエンジン出力が62 kW、電動出力が92 kWで、トランスポーターなどの軽量商用車としての利用を想定している。

自動車部品業界の雇用確保に水素エンジンの貢献を期待
交通・輸送に関わる産業は化石燃料を使った駆動システムから排出ニュートラルへのトランスフォーメーションを迫られている。これは膨大な投資を必要とするとともに、1世紀以上成長を続けてきた自動車産業の根幹を揺るがす大変革でもある。欧州自動車部品工業会(CLEPA )の委託でコンサルティング大手PWCが2021年に行った電動化による業界の影響分析によると、欧州全体で2040年までにバッテリー関連で226,000人の雇用創出となる一方、EUで2035年以降、内燃エンジン搭載乗用車の新車販売が禁止された場合、50万人超の雇用喪失が懸念される[6]。実際は排出ニュートラル燃料で駆動する内燃エンジン車の販売は特例的に認められる方向でありこの予測は当てはまらないとしても、とりわけドイツの自動車業界はエネルギー価格高騰などのコスト増により、ここ数年の著しい価格競争力低下で生産が落ち込み、雇用削減が進んでいる。Allianz Wasserstoffmotorは、多くのサプライヤーの存続とエンジン駆動系技術者の雇用を確保し、自動車産業が引き続きドイツ経済に貢献できるためにも、水素エンジンを排出ニュートラルの駆動システムとして推進する必要があると訴えている。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy & Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。


[1] Allianz Wasserstoffmotor HP https://allianz-wasserstoffmotor.de/en/the-alliance/our-position.html
[2] MAN Truck & Bus Deutschland 販売事業子会社Stefan Schall社長インタビュー https://www.man.eu/de/de/ueber-uns/man-erleben/truckers-world/stories/ein-truck-fuer-besondere-faelle-162368.html 
[3] Liebherr 2024年10月10日付プレスリリース https://www.liebherr.com/de-de/n/pionierarbeit-im-steinbruch-liebherr-und-strabag-testen-wasserstoff-radlader-100480-3704916
[4] Daimler Truck 2024年7月24日付プレスリリースhttps://www.daimlertruck.com/en/newsroom/pressrelease/successful-development-project-for-hydrogen-combustion-engines-52773753
[5] H2 ICE Democar https://oa.tib.eu/renate/items/08e193e0-b79e-459f-bfca-f388ec8a2eaf/full
[6] CLEPA 2021年12月6日付プレスリリース https://www.clepa.eu/insights-updates/press-releases/an-electric-vehicle-only-approach-would-lead-to-the-loss-of-half-a-million-jobs-in-the-eu-study-finds/

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)  
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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