ドイツのエネルギー政策は軌道に乗っているのか?

軌道修正を求める声高まる、国民の政策要望は環境保護から経済回復へ

社会民主党(SPD)党のショルツ首相率いるドイツの現3党連立政権が11月6日、自由民主党(LDP)の政権離脱により少数与党となった。各党の政治志向の特徴から信号機政府(赤=SPD、黄=LDP、緑=緑の党/90年連合)と呼ばれたこの政権は、少数勢力の保守中道LDPの産業優先の主張に他の2党が甘んじて妥協することでこれまで連立のほつれを繕ってきた。LDP党首のリントナー財務相解任が政権離脱の直接の理由だが、政治的見解の相違を克服して3党が協力することは非常に困難で、連立政権分裂の伏線は早くから敷かれていた。ショルツ首相は2025年9月に予定する総選挙を2月に繰り上げ、国民の信任を問うが、経済悪化、エネルギー価格高騰、難民受け入れなど国民の不満は大きく、厳しい判断が下りそうである。

エネルギー転換政策の成果

2021年に発足した現政権は、保守キリスト教民主同盟(CDU/CSU)主導のメルケル首相長期連立政権が着手したエネルギー転換政策をテコ入れするため、政策の柱に再生可能エネルギー構築を据え、その推進加速に向けて多様な奨励・助成策を打ち出した。2030年の再エネ発電容量目標として太陽光発電(PV)215GW、風力発電115GWを掲げている。

連邦環境庁(Umweltbundesamt)によると[1] 、2023年の最終総エネルギー消費量に占める再エネ比率は21.6%(2020年19.1%)に達した。総発電量に占める同比率は52.5%(前年46.3%)で初めて5割を超えたが、熱供給は17.7%、交通分野は7.5%で普及が遅れている。ベルリンのドイツ経済研究所(DIW Berlin)の“エネルギー転換政策モニター(Ampel-Monitor Energiewende)“[2]によると、2024年4月末時点のPV発電容量は約89GWで、現政権発足時から45%増加した。

一方、風力発電は新設プランニング及び認可手続きに時間がかかるなどの理由で11%増の約62GWにとどまった。電気自動車(EV)の登録台数は現政権下で約2.5倍の150万台超に増えたが、登録済み車両全体の3.1%に過ぎない。新車登録台数に占めるEV比率は年平均17%で、2030年の普及台数1500万台は困難と見られる。EV購入補助金が昨年末で打ち切られた結果、値ごろな価格でモデルが多様な内燃エンジン車やハイブリッド車に対抗できず、今年11月のEV新車登録比率は14.4%に低下した。加えて、充電インフラは12万3000基に増強したが、2030年に100万基体制を実現するにはペースが遅すぎる。

連邦会計院は電力供給分野のエネルギー転換政策に関する特別報告書[3]で、再エネ発電容量と送電網の増強の遅れや予備電源の発電容量構築が不十分で、エネルギー転換が軌道に乗っていないと指摘した。エネルギー事業法第1条は「電力供給は確実かつ値ごろな価格で環境に負荷をかけないこと」を要求している。だが、安定した供給が脅かされ、電気料金が高く、エネルギー転換がもたらす環境への影響を十分評価できていないと批判し、排出ニュートラルと電力供給の要求を同時に実現するためにエネルギー転換政策を軌道修正するよう現政府に求めた。

ネットワーク利用料への新助成措置で企業向け電気料金をさらに引き下げ

現政権が再生可能エネルギー推進策に本腰を入れた矢先、ウクライナ戦争勃発でドイツは天然ガス調達危機に陥り、エネルギー供給確保と価格高騰対策という想定外の難題を突きつけられた。国民と企業の過剰な電気料金負担を軽減するため、再エネ賦課金廃止や電気税の大幅引き下げなどを行った。技術大国を誇るドイツの輸出メーカーの国際競争力が近年低下したのは経営・商品戦略の見誤りという要因も大きいが、価格競争に直接影響を及ぼす電気料金の軽減を求める声は年々高まっていた。自動車業界ではVolkswagen(VW)やFord、サプライヤーのBosch、ZF Friedrichshafen、Continental、Schaefflerが大幅人員削減や工場閉鎖の方針を明らかにしている。鉄鋼Thyssenkrupp、化学BASFもこの例外ではなく、製造業の雇用が脅かされる懸念が強まっている。ハーベック経済相は11月下旬、企業向け電気料金を引下げるためネットワーク利用料に55億ユーロの助成金を投入する考えを明らかにした。国内北部マグデブルグ市でのIntel半導体工場プロジェクトが中止となり、予定していた助成金を原資とする。来年初めにネットワーク利用料を引下げるには年内に助成措置を議会承認する必要があり、法案化を急いでいる。

国営放送ARDが12月初めに行った国民アンケートによると、今のドイツの経済状況を「悪い」・「やや悪い」と見る回答者が83%を占めた。リーマンショック後の2000年代末のユーロ危機以来の悲観的ムードが広がっている。新政権が取り組むべき重要課題として、経済問題を1番または2番目に挙げた回答者は45%で、前回の2021年総選挙時点より38ポイントも上回った。一方、環境保護・気候変動は12%で21ポイント低下し、物価高騰などで生活不安を抱える国民が増えていることが浮き彫りになった。ドイツ産業連盟(BDI)は、環境と経済のバランスをうまくとるためには国際競争力を重視した政治施策が必要であり、政策の軌道修正を強く求めている。排出削減のために国民生活と企業経営が犠牲になってはならないという声も高まっており、新政権のエネルギー政策がドイツの経済回復の重要なカギとなるのは間違いない。

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] Umweltbundesamt 2024年10月23日付けプレスリリース https://www.umweltbundesamt.de/themen/klima-energie/erneuerbare-energien/erneuerbare-energien-in-zahlen
[2] 政府の再生可能エネルギー政策の進捗と目標達成見通しを確認する目的で随時、分析結果を発表している。独経済専門誌 Wirtschaftsdienst 2024年6月号への寄稿:Ampel-Monitor Energiewende: ambitionierte Ziele, aber zu geringe Dynamik(DIW Berlin) https://www.wirtschaftsdienst.eu/inhalt/jahr/2024/heft/6/beitrag/ampel-monitor-energiewende-ambitionierte-ziele-aber-zu-geringe-dynamik.html
[3] Bundesrechnungshof 2024年3月7日付プレスリリースhttps://www.bundesrechnungshof.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/DE/2024/energiewende.html

宮本弘美(LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
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