英国のNHS(国民保健サービス)は「NHSスパイン(せぼね)」と呼ばれる、個人の処方箋などの医療・ヘルスケアデータを共有するためのプラットフォームを運用している。英国政府は同様なデータ共有のための「デジタルスパイン」と呼ばれるインフラをエネルギー部門においてもつくろうとしている。
ネットゼロエミッション達成のためには、データそしてデジタル化が大きな役割を果たさなければならないと言われているが、エネルギー部門全体におけるデータの相互運用性は乏しく、共通のデータ共有方法はまだ確立されていない。データとは、とりわけ再生可能エネルギーベースの電力(再エネ電力)に関するデータを指す。デジタル化とは電力グリッド運用の自動化である。電力グリッドは再エネ電力の比率が増す中、不確実性が増し、リスクのレベルは確実に高くなっている。そのため、従来のルールベースの運用では対応できなくなりつつあり、AIベースの運用に発展させる必要がある。
実際に市場をみても「デジタルスパイン」の必要性は明らかである。供給側においては増え続ける分散電源の出力制限が問題となり、需要側においてはスマートメータ、スマート家電などの普及により、より安い電気を消費する環境が整っている。デジタルスパインは、再エネ電力の無駄のない利用を通じて、多くのユーザに便益をもたらすことになる。加えて、国の長期的なエネルギーセキュリティの観点、そしてなるべく手頃な価格で国民にエネルギーを提供するという観点から、電力、天然ガス、石油製品、水素などのエネルギー関連アセットのミックスの(低炭素への)転換が、確実にそして最小コストで行われるように、データ共有のためのインフラを構築する必要がある。
民間組織のコンソーシアムが行ったデジタルスパインのFS[1]では、次のコンポーネントからデータ共有のインフラが構成されることを提案している。
- 準備:クロスセクターの各組織におけるデータ準備ノード(組織独自のインフラス上のノード。データを最小限の操作可能なデータ標準(各データ タイプとユース ケースに固有)に準備し、標準 API、アクセス、セキュリティ制御を通じて提示する。)
- 信頼:セクター全体の信頼フレームワーク(法的及びアイデンティティ フレームワークの定義、実装、及びガバナンスを提供。これにより、必要に応じて、当事者間でデータを共有するためのユーザの信頼、権利、及び合法性が確立される。)
- 共有:セクター全体のデータ共有メカニズム(データへのアクセス制御のガバナンスのための接続レイヤーとテクノロジーの実装。)
上記のFSを受け、政府は既に以下の約束をしている[2]。
- 2024 年にElectricity System Operator (ESO) が、停電計画のユースケースに基づいた実証データ共有インフラを用意する。(ESOはまもなく公共機関としてのNational Energy System Operator(NESO)となる。ESOは送電事業者National Gridグループの1社(法人分離)であったが、グループとの利益相反を回避するために公的組織として更に分離されることになった。NESOは電力システムの運用のみならず、エネルギーシステム全体の計画を立てる役割をもつ。)
- NESO は、2025 年に上記の実証インフラをベースとして、戦略的計画に焦点を置いたデータ共有インフラの最小限の実行可能なプロダクトをつくる。
- NESOはセキュリティのフレームワークに関して(NHSスパイン同様に) National Cyber Security Centre (NCSC)の助言を受ける。
- 政府は、デジタルスパインのFSで説明されている、ユースケースに関連するデータ標準の構想を評価するサービスを 2024 年に調達する。
NESOのような公共機関が存在することが、デジタルスパインの構築を容易にさせていると言える。実際、NESO(ESO)は同様なデータ共有のインフラを過去2年間にわたり検討していた経緯がある。今後、産業界全体とのコーディネーションが重要となる。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[1] https://assets.publishing.service.gov.uk/media/66bdd1600a079b65ea323e5f/digital-spine-feasibility-study-full-report.pdf
[2] https://assets.publishing.service.gov.uk/media/66bf20d2a44f1c4c23e5bd10/government-response-to-the-digital-spine-feasibility-study.pdf