2023年2月下旬に発表された、ブレグジット後の英国・EU間のウィンザー枠組みの合意を受け、北アイルランドは投資先として非常に注目される地域となった。この枠組みは、英国のEU離脱に伴い発生した北アイルランド(英国)とアイルランド共和国(EU圏)の通商問題の解決策となる新たな法的合意である。2年間に亘る交渉の決着となるこの合意により、北アイルランドは英国本土およびEU単一市場の両方に円滑にアクセスすることが可能となった。政治家やビジネスリーダーは歓迎の意を表している。
リシ・スナク英首相は、今年2月に北アイルランドのリスバーンで行ったスピーチで、この地域を「世界で最もエキサイティングな経済圏」と表現した。また、4月にジョー・バイデン米国大統領がベルファストを訪問した際には、「ストーモント(北アイルランド議会)が再開されれば[1]、現米国政権の北アイルランドへの投資額20億ドルは3倍になる」、「北アイルランドに進出したい、投資したいと考えている主要なアメリカ企業が数多くある」と発言している。
北アイルランドには既に、シティバンク、アフラック、富士通、オールステートなどの大企業を含む1,000社以上の国際企業が進出している。投資家にとっては、以下の非常に魅力的な要素が存在する。
- 比較的低い参入障壁
- 事業所などの初期費用や運営費用の低さ(英国や西欧の他の地域と比較して約30%低い)
- ロンドン、パリなどヨーロッパの都市へのフライト時間の短さ
- EU圏(アイルランド共和国)と陸続きである
- 若く高学歴な英語圏の労働力を有する
- 高ランクの大学が地元に2校存在する
- 清潔な環境と豊かな自然に囲まれた高い生活水準
ウィンザー枠組みは、欧州や国際的な企業にとり、北アイルランドをこれまで以上に優良なベンチャー地域にした。NextdoorのCEOであるSarah Friar氏は、北アイルランドの可能性をシンガポールと比較し、北アイルランドは多国籍企業にとって「信じられないほど魅力的」な場所であると述べている。
北アイルランドにおける再生可能エネルギーおよびグリーンテクノロジープロジェクト
北アイルランドで最も急成長している投資分野のひとつが、再生可能エネルギーとグリーン・テクノロジーである。バイデン大統領は、北アイルランドが再生可能エネルギーを含む新しいテクノロジー分野の最先端を走っていると強調した。さらにウィンザー枠組みは、北アイルランド(英国)とアイルランド共和国(EU)の電力市場を単一市場(SEM)とする規定を維持している。この特殊な状況は、北アイルランドが2つの市場の間に位置するという地理的条件と相まって、エネルギーや公益事業への投資家の注目を引くことになるだろう。
北アイルランド自治政府は、2030 年までに、電力消費の少なくとも 80% を再生可能エネルギー源とする方針である。2022年の同国の総エネルギー消費の51%が再生可能エネルギー由来で、今後、同国では更なる再生可能エネルギーの開発が進む大きな可能性がある[2]。今日までに、北アイルランドでは様々なエネルギーテクノロジーのプロジェクトが実施されており、これらの中には最も先進的なプロジェクトも複数存在する。このうちの一部を以下に紹介する。
北アイルランドの再生可能エネルギー発電の大部分は風力発電であり、2022年には全再生可能エネルギーの85%を占めた。主要な新規プロジェクトは、その規模の大きさから“ゲームチェンジャー“となりうるNorth Channel Windプロジェクト[3]である。現在計画段階にあるこのプロジェクトは、オランダのSBMオフショア社による400MWの洋上風力発電プロジェクトで、稼動すれば同地域の電力需要の13%を供給できる。
さらなる開発の可能性があるもう一つの分野は、潮力発電である。9~11世紀に非常に強力な潮流を持つことでバイキングに知られていた、アイルランド海に繋がるストラングフォード・ラフ湖(北欧語の「強い流れ」に由来する湖名)は、現在は潮力発電の分野で世界中の専門家が大きな関心を寄せている。2022年にはセンター・フォー・アドバンスド・サステナブル・エナジー(Centre for Advanced Sustainable Energy:CASE)が、国際投資も得て、新たなプロジェクト「ストラングフォード垂直軸型潮流タービン(Vertical Axis Tidal Turbines in Strangford:VATTS)」の運転を開始した[4]。
さらに急成長している分野は、電動輸送機器部門である。北アイルランドの最新かつ最も刺激的なプロジェクトの一つが、Artemis Technologies社が開発したゼロエミッションのEF-24型旅客フェリーである。「ゼロ」と名付けられたこのフェリーは、2024年にバンガー(ウェールズ)とベルファストの都市間を結ぶ航路を開始する予定である[5]。
バイオマス分野では、革新的な水素関連テクノロジーを開発している北アイルランドのCatagen 社が、バイオマス由来水素を生成するための新たな技術を含む複数の特許を取得している。同社創設者のアンドリュー・ウッズ博士は、EY Entrepreneur of the Year Award にノミネートされている。同社はこれまで、自動車の排出ガス試験データに関連するソリューションに加え、炭素回収、グリーン水素、e-燃料生成の先駆的な方法を開発している。
北アイルランドは、印象的な火山の海岸線で世界的に有名だが、特に何千年も前に溶けた土の力によって形成されたユネスコ世界遺産のジャイアンツ・コーズウェイが有名である。そして、北アイルランド北部の海岸の火山の歴史は、この地域の未来にも影響を与える可能性がある。2004年のアイルランドの地熱エネルギー資源マップによると、北部の海岸地域はアイルランド島で最も地熱エネルギーの利用が期待できる地域である。地元企業のコーズウェイ・エナジーズ社は、病院や醸造所、研究所、データセンターなどの建物で利用されるエネルギーを地熱エネルギーに切り替えるプロジェクトをいくつか実現している。しかしながら、クイーンズ大学ベルファストの専門家によると、旗艦的な実証プロジェクトがなく、地熱エネルギー技術のポテンシャルに対する周知も不十分で「見えない」ため、多大なポテンシャルが十分に活かされていない[6]。地熱エネルギーは、2050年までにネットゼロ目標を達成するための「見えない鍵」になるだけでなく、北アイルランドを再生可能エネルギーの輸出者にする可能性もあると予測する声もある。
この他にも多数のプロジェクトが計画されている。例えば、バルメナのHygen社による最先端のグリーン水素製造施設、アントリム・カウンティのケルズにある大規模太陽光発電所、キルルート・エナジーパーク(Kilroot Energy Park)のバッテリー貯蔵施設の拡張事業などが挙げられる。さらに、ニュータウンアビーには、新しい水素センター・オブ・エクセレンスが建設される予定である。アイランドマギーで計画されているバリーラムフォード・パワー・トゥ・エックス(Ballylumford Power 2 X)プロジェクトは、地下の塩洞窟を使用してグリーン水素を貯蔵するもので、この種のものとしては初めてと言われている[7]。
むすび
上記の例から、北アイルランドのグリーンエネルギーとテクノロジーの未来は明るいと思われる。北アイルランドの地理的な強みとその独特な政治的・経済的状況を生かした世界をリードする多数のプロジェクトが現在進行中である(上記はほんの一例である)。かつて混乱したこの地域のこうした特徴は、21世紀の繁栄につながる可能性があり、特にグリーンエネルギー分野での投資は、投資家に高い利益をもたらすと同時に、地球の環境福祉にも貢献する可能性がある。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[1] 北アイルランド自治政府議会は、2022年5月の議会選挙以降、選挙で第2党となった民主統一党(DUP)が、英国本土と北アイルランド間に煩雑な通関手続きを導入した北アイルランド議定書(ブレグジット後の北アイルランド(英国)とアイルランド(EU)の通商おける取り決め)に抗議し、自治政府の発足や北アイルランド議会招集への協力を拒んでおり、議会は中断した状態にある。
[2] https://www.economy-ni.gov.uk/articles/electricity-consumption-and-renewable-generation-statistics
[3] https://northchannelwind.com/
[4] https://www.qub.ac.uk/social-charter/SocialCharterNews/VATTSvideo.html
[5] https://www.artemistechnologies.co.uk/news/artemis-technologies-unveils-worlds-most-advanced-100-electric-passenger-ferry/
[6] https://www.qub.ac.uk/schools/QueensManagementSchool/FileStore/Filetoupload,1518743,en.pdf
[7] https://ballylumfordp2x.co.uk/