欧州ガス輸送事業者が目指す汎欧州水素輸送網:欧州水素バックボーン(後半:各水素回廊の概説)

LRI Energy & Carbon Newsletterから

前回のニュースレターでは、欧州水素バックボーン(European Hydrogen Backbone :EHB)イニシアチブが提示するA~Eの5つの水素回廊の全体像を概説した。本記事では各水素回廊を概観する。(5つの水素回廊の図はこちら。)

 

A. 北アフリカ・イタリア回廊
北アフリカ(チュニジア)から南欧(イタリア)を通って中欧(スロバキア、チェコ地域)、ドイツ(特に南部の産業クラスター)へと繋がるルートである。北アフリカの豊富な太陽光及び風力資源を利用して生産する低コストのグリーン水素に期待が寄せられており、2030年における同回廊の水素供給量の約70%はチュニジアからの輸入になると予想されている。チュニジアからの輸入には、シシリーを経由してイタリアに繋がるTrans-Mediterraneanガスパイプラインの転用がポテンシャルとして特定されている。長期的には、アルジェリアとチュニジア間の天然ガスパイプラインを水素用に転用して、チュニジア経由でアルジェリアの水素を輸入することも視野にある。欧州最大の水素需要国となる見込みのドイツは、既にチュニジア及びアルジェリアと協力し、これらの国でのグリーン水素の生産及び輸入に向けた検討や取り組みを開始している[1]。

B. 南西及び北アフリカ回廊
主にスペインとポルトガルの豊富で安価な再生可能エネルギーを利用して生産されるグリーン水素を、フランス経由でドイツに輸送するルートである。本回廊では、スペインとフランスをピレネー東部経由で結ぶ新たなガスパイプライン(MitCatパイプライン)を水素用に利用することが可能であるとされていたが、本年10月に、スペイン、ポルトガル及びフランスは、MidCatパイプラインの代わりに、バルセロナとマルセイユを結ぶ海底ガスパイプライン(BarMarパイプライン)を建設することで合意した。このガスパイプラインも最終的に水素用に転用することが想定されている[2]。長期的には、現在、利用率の低いMaghreb-Europe海底ガスパイプライン(アルジェリア-スペイン)を転用してモロッコやアルジェリアからの安価な水素を輸入することも視野にある。モロッコについては、すでに同国の水素ロードマップで、このパイプラインを転用して水素を輸出することが可能であると指摘している。尚、REPowerEU及びEHBイニシアチブの両方で、2030年までにイタリアとスペインを結ぶ新たな海底パイプラインを開発するビジョンが示されており、実現すれば、これら2つの回廊の間で水素を融通し合うことが可能になる。

C. 北海回廊
北海地域で生産されるブルー及びグリーン水素を、ドイツを中心とする欧州北西地域の需要集積地に供給する。この地域は、欧州水素バックボーンの構築に向けた取り組みが最も活発な地域である。オランダ[3]や、ドイツ[4]、ベルギー[5]、英国[6]では、ガス輸送事業者が、欧州北西地域の主要需要クラスターを網羅する、国家基幹水素輸送網を構築する計画を進めている。また、オランダとベルギーはそれぞれの国家水素パイプラインを、両国にまたがる港湾、North Sea Portで接続させる共同プロジェクトに着手した[7]。英国でもHyNetブルー水素プロジェクトの下、125kmに亘る水素輸送インフラの開発許可申請の準備やガス地下貯蔵施設の転用プロジェクトが進んでいる[8]。また、革新的な水素プロジェクトとして、浮体式洋上風力発電から直接水素を生産するプロジェクトもある(英国のDolphynプロジェクト[9]や、フランスのSealhyfeプロジェクト[10])。更に、オランダ、ドイツ、ベルギー、フランスでは、水素及び水素由来品(アンモニアなど)の輸入ターミナルの開発計画(LNGターミナルの転用を含む)も進んでいる。

本回廊地域には、転用可能なオフショア及びオンショアガスインフラが豊富にあるのに加え、水素の地下貯蔵施設として利用することができる塩洞窟も多数ある。2030年までに構築が想定されている12,000kmの水素パイプラインのうち、約70%が既存ガスパイプラインの転用である。

D. 北欧及びバルト海地域回廊
北欧(フィンランド、スウェーデン)から、デンマーク経由でドイツを結ぶルートと、バルト三国経由でドイツ・ポーランドを結ぶルートを含む回廊である。水素の生産は主に、北欧の水素専用の陸上及び洋上風力発電に加え、低コストの水力発電を主要電源とするグリッド電力の利用が想定されている。北欧はこの回廊の主要水素需要地でもある。スウェーデンでは多数のグリーン鋼やeフューエル、グリーン化学品及び肥料生産プロジェクトが計画されている。また、スウェーデン及びフィンランドの炭素中立目標はそれぞれ2045年及び2035年と、他国に比べて早いため、水素の早期導入が予想されている。

この回廊は、新たに建設されるパイプラインが全体の55%と、他の回廊と異なり新設パイプラインの比率の方が高い。よって、同回廊の時宜を得た開発には資金調達や許認可プロセスの迅速化がより重要になる。一方で、既に、スウェーデンとフィンランドに囲まれるバルト海北部のボスニア湾では、欧州で最初の水素インフラのグリーンフィールドプロジェクトの一つとして、両国のガス輸送事業者の協力により、新たな水素パイプラインの建設プロジェクトが進められている(Nordic Hydrogen Routeプロジェクト[11])。今後の主要プロジェクトとしては、北欧と需要中心地であるドイツや中欧を結ぶ新たな海底パイプラインの建設などが想定されている。

E. 東欧及び南東欧回廊
ギリシャ及びウクライナから、中欧経由でドイツやポーランドの水素需要国を結ぶルートである。本回廊は、他の回廊と比べると、短中期的に有力な水素純供給国が少ない。2030年までにウクライナから水素を輸入し始めることに期待が寄せられており、長期的には同国からの水素輸入が本回廊の供給の柱となり、またEUの主な水素輸入先の一つになるとみられている。

一方、ウクライナもグリーン水素の輸出機会に注目しており、とりわけルーマニア、スロバキア、ハンガリー及びポーランドへの水素輸出を視野に、既存ガスパイプラインを水素用に改修するための調査を進めている。2022年4月には、EHBメンバーとウクライナのガス輸送事業者が、将来の水素輸出入のためのインフラ接続について協力することで合意し、覚書を交わした[12]。また、スロバキア、オーストリア及びドイツのガス輸送事業者は、ウクライナから、スロバキアとオーストリアを経由してドイツへと水素を輸送するのに必要な設備容量や中欧での水素貯蔵施設の開発・利用に関する調査を行っている。

 

EHBの実現には迅速な政治的後押しが不可欠
EHBコンソーシアムは、REPowerEU計画の発表(2022年5月)により各国の需給両サイドにおけるプロジェクトが更に活発化し、インフラ整備の必要性も高まると同時に加速されるとしている。実際、本年9月には、同計画発表後に複数の水素需給及びインフラ整備関連プロジェクト等が発表されたのを受け、2030年及び2040年の水素インフラマップを更新した[13]。

EHBコンソーシアムは、このビジョンの実現のためには、迅速なアクションが不可欠であるとし、5つの水素回廊の構築をEUの重要インフラ案件として欧州委員会の目標に据え、規制枠組みや資金面での支援に加え、ガス輸送事業者に対して明確な任務を付与することを求めている。オランダでは既に昨年、経済・気候政策省がGasunie(オランダ国営ガスインフラ・輸送事業者)に国家水素輸送網を整備するよう要請している[14]。欧州委員会は、2023年3月までに、初期の水素インフラニーズをマップ化する予定である[15]。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。


[1] https://energynews.biz/tunisia-on-the-right-track-with-green-hydrogen-development/; https://www.vng.de/en/newsroom/2022-10-24-germanalgerian-energy-partnership-exchanges-hydrogen-related-topics-during; https://energynews.biz/algeria-hydrogen-project-with-german-companies/
[2] https://www.euractiv.com/section/energy/news/spain-france-portugal-abandon-midcat-agree-on-green-energy-gas-corridor/
[3] https://www.gasunie.nl/en/projects/hydrogen-network-netherlands
[4] https://fnb-gas.de/en/hydrogen-network/hydrogen-network-2030-towards-a-climate-neutral-germany/
[5] https://www.fluxys.com/en/energy-transition/hydrogen-carbon-infrastructure/hydrogen_preparing-to-build-the-network
[6] https://www.nationalgrid.com/gas-transmission/document/139641/download
[7] https://www.fluxys.com/en/press-releases/fluxys-group/2022/220517_press_fluxys_gasunie_north_sea_port
[8] https://www.northwichguardian.co.uk/news/23118689.huge-125km-hydrogen-pipeline-project-clears-latest-hurdle/
[9] https://ermdolphyn.erm.com/p/1
[10] https://www.lhyfe.com/press/worlds-first-offshore-renewable-hydrogen-production-pilot-site-is-inaugurated-by-lhyfe/
[11] https://nordichydrogenroute.com/
[12] https://www.ehb.eu/newsitems#ehb-signs-mou-with-tso-of-ukraine-on-collaboration-towards-an-integrated-european-hydrogen-infrastructure (2022年4月19日)
[13] https://ehb.eu/newsitems (2022年9月20日) https://ehb.eu/page/european-hydrogen-backbone-mapsよりインタラクティブマップを閲覧可能。
[14] https://www.gasunie.nl/en/news/gasunie-decision-on-hydrogen-infrastructure-is-milestone-for-energy-transition
[15] European Commission, 18 May 2022, REPowerEU Plan, p. 8. https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:fc930f14-d7ae-11ec-a95f-01aa75ed71a1.0001.02/DOC_1&format=PDF

 

アルコー静芳(LRI)
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