フランス議会は、2021年7月20日、「気候レジリエンス法」[1](以下、気候法とする)を可決し、同法は8月22日に発効した。欧州では、欧州気候法の下で2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減するという目標が制定されおり、各国が独自の野心的な気候対策の制定に乗り出している。フランス気候法の成立もこの流れの一端であり、EUの法定目標とは別に策定された、同国独自の気候対策パッケージと位置付けられる[2]。同法は「消費」、「生産・労働」、「移動」、「居住」、「食」といった日常生活に関連する広範な分野における環境負荷の軽減に向けた措置から成る。同法の一部を以下に紹介する。
移動からの排出削減に向けた措置
気候法における最大の焦点は、運輸分野からの排出削減である。EUは2021年7月に、2035年以降の乗用車およびバンの内燃エンジン車の新車販売の実質禁止を提案したばかりであるが、フランスでは気候法の下で、2030年以降の排出量の多い乗用車・バン(排出量95 gCO2/kmを超える)の新車販売を終了し、2040年には化石燃料ベースの大型車の新車販売を終了するとしている。
加えて、クリーンモビリティへの移行促進に向け、人口が15万人を超える大中規模都市には、2024年12月31日までに低排出ゾーンを導入することが義務付けられ、これにより全国で新たに33のゾーンが導入される予定である。低排出ゾーン内に住む低所得世帯には、クリーン車購入のための無利子貸し付け制度が2023年1月1日から試験的に導入される。また、低所得世帯に限らず供与される、クリーン車の購入補助金や買い替え補助金の強化も並行して行われる。
その他にも、同一地域内を走行する路線の電車料金設定の見直しや、相乗り車専用レーンの導入、電車で2時間30分以内で移動が可能な都市間の国内線のフライト禁止なども盛り込まれている。
建物の環境負荷軽減に向けた措置
気候法には建物改築の促進を通した環境負荷の軽減措置も盛り込まれている。フランスでは、建物のエネルギーパフォーマンスがA~Gでクラス分けされているが(Aが最良)、2023年以降は、最低レベルであるGクラスの建物の所有者は、家賃の引き上げができなくなる。更に、2025年以降は、Gクラスの建物の賃貸自体が禁止となり、2028年にはFクラス、2034年にはEクラスまで禁止の対象が拡大される。
また、都市開発による環境負荷への対処も盛り込まれている。すなわち、土地の人工化(自然地などをコンクリートで覆うなど、都市開発のために自然や農地、森林を犠牲にすること)に対して、2030年までにそのスピードを半減、2050年には実質ゼロの目標が掲げられた。同目標達成に向けて、土地の人工化を伴う新たなショッピングセンターの建設禁止などが導入される。
その他の措置
運輸・建物分野における排出削減に加え、消費習慣の変革も大きな焦点である。例えば、消費者に製品やサービスの環境負荷レベル(温室効果ガス排出量や生物多様性への影響など)を示す「エコスコア」の導入が盛り込まれている。主なターゲットは衣類である。対象カテゴリーや計算方法などの詳細ルールは、今後、同法発効後最長5年をかけて行われる試験プロジェクトの評価(環境への影響、メソドロジーなど)を経て、省令で規定されることとなる。最終的にはルールの統一及び義務化につなげる計画である。
また、市民の消費習慣への影響が大きい「広告」を対象とした措置も盛り込まれており、2022年以降は化石燃料消費の促進につながる広告や飛行機利用に関する広告が禁止される。そして2028年以降は、最も排出レベルの高い車両の広告も禁止となる。
気候法の下では、再生可能エネルギーの促進に関する措置も盛り込まれており、商業施設やオフィス、駐車場へのソーラーパネル設置義務の強化や風力発電設備の導入に関するコミューン(市)の権限強化[3]なども行われる。
違反に対する罰則の強化
気候法は、環境法で規定されている違反に対する罰則の改定、強化も盛り込んでいる。例えば、以下の2つの罰則を新たに追加している。
- 安全義務または慎重義務に違反して(法律で制定されている特定の安全または注意義務に明らかに意図的に違反すること)、動植物や水などの環境を永続的な劣化のリスクに曝した場合、(汚染が発生しなくても)最大3年間の禁固刑及び25万ユーロの罰金
- 特に深刻な環境汚染を引き起こした場合には、最高10年間の禁固刑及び450万ユーロの罰金(法人の場合は2,250万ユーロ)、または環境破壊の加害者が得た利益の10倍までの罰金
市民の声を反映していない、野心が不十分との批判も
同法はもともと、マクロン大統領が反政府デモ「黄色いベスト」運動を受け、市民の声を聞くために設置した市民パネル(ランダムに選出された150人の市民から成る)が2020年6月に政府に提出した149の気候対策提案を出発点としている。しかし、グリーンピースなどの環境団体は、同法では、市民パネル提案の内容がほとんど反映されておらず、EUの2030年55%削減目標の野心レベルにも達していないと批判している[4]。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
—————————————————————————–
[1] 正式名称は「気候変動への対処およびその影響に対するレジリエンス強化に関する法(Loi portant lutte contre le dereglement climatique et renforcement de la resilience face a ses effets)
https://www.vie-publique.fr/loi/278460-loi-climat-et-resilience-convention-citoyenne-climat
https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000043956924?r=F0XCQkNRYg
[2]フランス気候法は同国独自のものである。同法はEU目標への貢献にも言及しているが、EU法の規定に沿って制定されたものではない。EU目標達成に向けたフランスの貢献は、別途、EU法に沿って国家気候エネルギー計画の中で規定されることになる。
[3]具体的には、市長はプロジェクト実施企業に見解(強制力なし)を寄せることができるようになる。
[4]グリーンピースの声明(2021年7月20日)https://www.greenpeace.fr/loi-climat-loi-blabla/