ドイツ・セメント最大手、排出ニュートラル実現のカギはCO2回収貯留(CCS)

HeidelbergCement、ノルウェーでフルスケールCCSプロジェクト  LRI Energy & Carbon Newsletterから

再生可能エネルギーへの移行とエネルギー効率向上は排出削減の2大けん引力であるが、エネルギー事業や重工業分野では、CO2が大気中に放出される前に回収し地中の帯水層などで長期的に貯留するCO2回収利用/貯留(CCU/S=carbon dioxide capture and utilization or storage)も排出ニュートラルの実現に不可欠なソリューションとする認識が近年、世界的に広がっている。1990年代後半から石油・天然ガス開発事業で生産量促進(増進回収法)を目的として導入されるようになったが、セメント業界では主原料である石灰石の処理工程で脱炭酸により発生する大量のCO2の処理策として期待される。国際エネルギー機関(IEA)は、CO2回収貯留なしに排出ネットゼロの実現が不可能な産業分野の好例としてセメント製造業を挙げている。セメント生産に伴う年間排出量は世界中で24億トン。この3分の2が製造工程による排出であるため、他の生産方法がない限り、CCSはこの放出を回避する唯一の選択肢であると見ている[1]。

ドイツのセメント・建材最大手HeidelbergCementは、2050年までに排出ニュートラルのコンクリートを提供することを目指し、2025年までに1990年比でセメント系建材の1トン当たりネット排出量を30%、2030年までに2019年比で15%以上それぞれ削減することを目標に掲げる。この目標達成のため、近年、CCU/Sの技術研究やプロジェクトに力を入れている。

 

ノルウェー
ノルウェーは1996年、北海のSleipner天然ガス田で生産する天然ガスのCO2濃度低減の目的でCCSを世界に先駆け採用した。政府は今、フルスケールCCSプロジェクト「Langskip (=Longship)」[2]を推進している。HeidelbergCementのノルウェー子会社Norcemは10年前のコンセプト段階から参加する重要なプロジェクトパートナーである。プロジェクトでは、北海沿岸Brevikの同社セメント工場と廃棄物焼却エネルギー利用施設が排出するCO2を回収、液化してターミナルに輸送し、Sleipnerガス田がCO2の貯留に使用している海底砂岩層にパイプラインで圧入するというもので、政府が投資助成する。同技術で経験豊富な国営Equinor、Shell、Totalがインフラを整備する。Brevikでは現在CO2回収プラントを建設中である。年間処理量は同工場総排出量の50%にあたる40万トンで、2024年の稼働開始を予定する。

 

スウェーデン
HeidelbergCementは今年6月、セメント工場として世界初の排出ニュートラルを実現するCCSプロジェクトをスウェーデンで実施することを明らかにした。現地子会社Cementaは国内唯一のセメントメーカーで、2つの生産拠点のうち国内生産量の7割を占めるSlite工場にCO2回収プラントを建設し、年間CO2排出量180万トンを全て貯留する考えである。政府との交渉、フィージビリティスタディ、認可手続きなどを経て、プラントの完成までに約10年かかる見通しで、2030年の稼働開始を目指している[3]。

スウェーデンは2045年排出ニュートラルの目標を、温暖化ガス排出量の1990年比最低85%削減と、残りの15%を森林によるCO2吸収やCCS技術などによる炭素隔離で実現する考えである[4]。現地燃料最大手PreemのLysekil精製所が昨年8月、CCS実証プロジェクトの一環でCO2回収システムの稼働を開始した。このプロジェクトはフルスケールCCSプラントに向けた基盤作りを想定したもので、ノルウェーの研究機関SINTEF(Stiftelsen for industriell og teknisk forskning)とEquinorの参加、同国CCS技術導入支援プログラムCLIMITの助成など、ノルウェーの強力な支援を受けている。

 

ドイツ
地元ドイツではアプローチが異なり、CO2回収利用に焦点が置かれている。ベルギー工場でのセメント製造工程CO2回収技術の試験成功を受け、Hannover工場では同技術の改良やスケールアップの実証などを目的としたパイロットプロジェクトが始まったところである。同工場の年間排出量の20%(約10万トン)の処理能力を備える実験用CO2回収プラントを2023年末までに完成させ、2025年までに各種テストを行う計画である[5]。また、国内同業3社と共同で、酸素燃焼技術(oxyfuel process)を使ったCO2回収の実証プロジェクトCatch4Climateも立ち上げている。回収したCO2は航空機燃料の生産などへの利用を視野に入れている。

ドイツでは2012年にCCS技術の実証・利用に関わる法律[6]が施行され、貯留量が年間130万トン、国内全体で同400万トンまでの実験的プロジェクトが認可されるようになった。だが、それ以前から環境保護団体や市民イニシャチブを中心にCO2貯留に反対する声が非常に大きく、電力大手のRWEやVattenfallがプロジェクトの中止を余儀なくされるなど、実現したのはベルリン近郊の学術研究施設しかない。連邦経済エネルギー省は技術上、経済性、環境面からCCS技術の実現性を検証する実証プロジェクトが必要だとしながらも、貯留施設閉鎖後の管理や安全性などを含めた長期的な環境配慮の観点から、非常に慎重な立場をとっている。

 

※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy & Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。

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[1] IEA CCUS in Clean Energy Transitions Report extract https://www.iea.org/reports/ccus-in-clean-energy-transitions/a-new-era-for-ccus#ccus-deployment-today
[2] The Longship White Paper https://ccsnorway.com/the-longship-white-paper-available-in-english/
[3] HeidelbergCement 6月2日付プレスリリース https://www.heidelbergcement.com/en/pr-02-06-2021
[4] Sweden’s climate policy framework https://www.government.se/articles/2021/03/swedens-climate-policy-framework/
[5] HeidelbergCement 2月1日付プレスリリース https://www.heidelbergcement.com/en/pr-01-02-2021
[6] Das Gesetz zur Demonstration und Anwendung von Technologien zur Abscheidung, zum Transport und zur dauerhaften Speicherung von Kohlendioxid

宮本 弘美 (LRIコンサルタント フランクフルト)
関連サイト
LRI ニュースレター エネルギー&カーボン
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