カーボンニュートラルを実現するうえで、CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)は不可欠な選択肢であり、その基盤となるのがCO₂輸送インフラである。特にパイプラインは大規模なCO₂輸送の実装に欠かせないが、天然ガスなどの既存の輸送インフラと単純に同一視することはできない。CO₂特有の性質により、設計・運用には独自のリスクと要件が存在するため、最初の段階である「実施可能性調査」が極めて重要となる。
実施可能性(FS)調査では、輸送時の形態の選択がまず大きな分岐点となる。高密度相[1](臨界圧力に近いまたはそれ以上の液相及び超臨界相)の CO₂は大量輸送に効率的であり、パイプ径を抑えられる利点がある。一方で80バールを超える高圧を維持する必要があり、破断伝播リスクや圧力の管理が課題となる。気相は圧力要件が低く設計上の制約も少ないため、既存インフラの転用に適しているが、輸送効率は限られており、一度に扱える量に制約がある。
この輸送時の形態の選択に加え、技術面での主要論点は次の3つに整理できる[2]。
1.CO₂の発生源と組成:発生源ごとにCO₂の純度や成分組成が大きく異なる。CO₂輸送では、水分が水和物形成や腐食を招き、また不純物が酸生成や材料劣化を引き起こすため、乾燥処理と成分管理の双方が必須となる。特に酸性成分は応力腐食割れや脆化につながるため、 CO₂の組成に応じた仕様設計が求められる。
2.材料と肉厚設計:高密度相輸送では設計圧力135バール・直径600mmのパイプラインに22mm以上の肉厚が必要とされるなど、天然ガス輸送とは異なる設計基準が求められる。破断伝播を抑止するためには高靭性材料の選定と構造設計が不可欠となる。
3.リスク評価と拡散シナリオ:CO₂は可燃性ではないが空気より重く、漏洩すれば低地に滞留し窒息リスクを生じる(5%の濃度で致死の可能性)。PHASTやSAFETIといった解析ツールを用いて、漏洩範囲や気象条件の影響をシミュレーションし、避難計画や安全対策に反映させる必要がある。
総じて、CO₂パイプラインは、条件によっては既存の天然ガス輸送インフラを転用可能な場合もあるものの、CO₂固有の要件を踏まえた専用の設計基準を必要とする。
実例として知られるのが産業ガス大手Lindeの子会社OCAP(Organic CO₂ for Assimilation of Plants)がオランダで運営するCO₂パイプラインである[3]。ロッテルダム港域にあるShellの製油所(水素製造工程)及びAlcoのバイオエタノール工場から排出される高純度のCO₂を回収・精製・圧縮し、非稼働状態にあった原油パイプラインを転用して、西オランダの温室園芸地域へ供給している。これらの温室園芸では従来、温室内のCO₂供給のために天然ガスを燃焼し、その排ガス中のCO₂を利用してきたが、OCAPから外部供給される純粋CO₂を使用することでこの燃焼が不要となり、年間約1.4 億m³の天然ガス消費削減を実現している。OCAPの幹線パイプラインは約97 kmと比較的短距離の地域内輸送で、かつ低圧でのCO₂輸送であったため、既存インフラを転用できた好例である[4]。
一方で、産業全体の大規模な排出削減を見据え、CO₂の回収・長距離輸送・地中または海底下への貯留を前提とする場合には、高密度相設計による高効率・高圧輸送システムが不可欠となる。その代表例がノルウェーの「Northern Lights」プロジェクトである。同プロジェクトは、オスロ地域の産業施設から回収したCO₂を液化して、専用船でノルウェー西岸のØygarden陸上ターミナルまで輸送する。その後、ターミナルでCO₂を再加温・再加圧して超臨界状態に調整し、全長約110kmの海底パイプラインを通じて北海Aurora貯留層に圧入するというフルチェーン型CCS(二酸化炭素回収貯留)の事業である。初期段階では年間最大150万トンのCO₂を扱い、将来的には第三者からの追加受け入れを含めて数百万トン規模への拡張も計画されている[5]。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy & Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
[1] https://www.iso.org/obp/ui/#iso:std:iso:27917:-1:dis:ed-1:v1:en
[2] https://www.dnv.com/publications/feasibility-analysis-of-co2-onshore-pipeline-infrastructure/
[3] https://www.ocap.nl/
[4] https://www.tomatoworld.nl/media/1857/ocap_factsheet_english_tcm978-561158.pdf
[5] https://ccsnorway.com/app/uploads/sites/6/2020/05/Northern-Lights-Project-Concept-report.pdf


