埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故をきっかけに、インフラの老朽化や維持管理に関心が集まっている。石破茂首相は2025年2月のデジタル行財政改革会議で、デジタル技術を活用して老朽化に対応するよう指示。埼玉県は事故を受けて、ウォーターPPPを前提としないよう要望した。インフラ維持管理のあり方について、建設産業の事情やインフラ投資に詳しい3人の識者が語る。
A 上下水道インフラの老朽化は古くて新しい問題だ。決定的な対応策がない中で埼玉県八潮市の道路陥没事故が発生し、被害者の救出に時間がかかったことから強い関心を集めた。
B 道路陥没事故は、これに限らず頻繁に起きている。珍しいことではない。
C 下水道管の老朽化なのか、想定以上の劣化の進行なのか、原因はまだはっきりしていない。地盤条件によっても劣化の進行は異なる。過積載の大型車両が頻繁に通行すれば想定以上の力が作用するし、施工不良も弱点になる。とにかく地中のメカニズムの解明は難しい。

八潮市道路陥没事故の全景 (出所)埼玉県
デジタル技術は万能ではない
A 2025年2月に開催された政府のデジタル行財政改革会議では、石破首相が人工衛星データやドローンによる漏水検知、DX技術による管路内部点検について、3年程度で全国に標準実装するよう促した。どう受け止めるか?
B 政策の方向性としては間違っていない。ただし、デジタル技術の活用で事故がなくなるわけではない。予兆はつかめても、全てのリスクを把握することは不可能だ。
C 同意見だ。取り組んだ方がいいけれど、期待できるのは、どこから先に補修・改修するかといった優先順位付けだ。判定の結果、後回しにされた箇所で事故が起きることもある。デジタル技術の活用は目的ではなく手段の1つと認識すべきだろう。
広域連携、多分野連携、包括
B 下水道に限らず、老朽化したインフラの更新を急ぐことが重要だ。これには、お金の問題と対処する人員の問題が立ちはだかる。
A 限られた予算・人員で進めるには、発注や運営の方法も変えなければいけない。国土交通省は地域インフラ群再生戦略マネジメントの検討を進めている。広域連携、多分野連携、包括といった手法でインフラ維持管理を効率化・合理化する計画だ。
C 道路、河川、公園などをまとめて広域的に複数年で民間事業者に委託管理させる事例が増えてきた。八潮市の事故は道路下の下水道が原因と考えられているが、同じエリアの道路と下水道をセットで管理する取り組みも始まる。
B これまでの公共事業の発注では「安さ」が重視されてきた。インフラクライシスの時代を迎えた今、「速さ」の価値観も考慮すべきだ。計画よりも早期に更新工事を終えた民間事業者にインセンティブを付与するなど、スピードアップ型のPPP(官民連携)があってよい。
埼玉県の要望書
B PPPといえば、埼玉県八潮市の県道陥没事故を受けて大野元裕埼玉県知事は、石破首相に8項目からなる緊急要望書を提出した。そこには、「国が推進しているウォーターPPPについては、インフラの長期に渡る更新に目途がつくまでは、慎重に検討していただくようお願いします」と書かれている。どういう意図だろうか。
A 水道、下水道、工業用水道を対象として国が推進する「ウォーターPPP」政策は、①長期契約(原則10年) ②性能発注 ③維持管理と更新の一体マネジメント ④プロフィットシェア――を要件とする官民連携方式だ。コンセッション方式に段階的に移行することを意図している。知事に確かめたわけではないが、管路更新のための交付金を得るには、国のウォーターPPPの手続きに従わなければならない。事故対応で、それが困難になったという事情があるのだろう。交付金が得られなければ、管路の更新も遅れることになる。
B ウォーターPPPに関して国は、サービスの高度化や事業の効率化に資するとして高い具体化目標件数を設定した。2031年度までの10年間で水道100、下水道100、工業用水道25となっている。目標を達成するのに官僚も必死だ。知事の「待った」で胸をなで下ろした官僚もいるという噂すらある。
C 案件づくりをサポートする上下水道のコンサルタント会社もお腹いっぱいの様子で、業務をこなすのに四苦八苦している。
管路のリスクは原則管理者が負担
C 問題は、隠れたリスクを民間事業者が負って大事故が起きれば、多大な損失を被るということだ。下水道ではないが、イタリアの高速道路コンセッション事業では、供用中の高架橋が2018年に崩壊して多数の死者を出した。多額の和解合意金が発生し、その後、運営権者は買収されることになった。
B 状況が正確に把握できない地中の管路の維持管理業務を民間に委託するなら、施設の管理者である官側がリスクを負うのが原則だろう。
A 国土交通省がまとめた「下水道事業における公共施設等運営事業の実施に関するガイドライン」にリスク分担について記述がある。「管理者が事前に実施した健全度調査の結果等によって管路施設の状態や健全度が明らかになっている等の事情がない限り、管理者と運営権者との合理的なリスク分担の観点から、管路施設に関する特有のリスクは管理者が負担することが考えられる」と書かれている。
C 「水道事業における官民連携に関する手引き(改訂案) 」も、「開示される情報が不十分で瑕疵のリスクを十分に想定することが困難な場合は、一定期間経過後も一定額を超えるものについて、水道事業者等の負担とすることが考えられる」と例示している。
B でなければ、民間は尻込みして事業は不調・不落となり、結果的に老朽化の対応が遅れる。ウォーターPPPはそもそもサービスの高度化や事業の効率化を狙った政策だ。官民のリスク分担を明確にして推進してほしい。