2023年11月にデロイトが発表したレポート[1]によると、欧州や米国では二酸化炭素回収貯留(CCS)市場の確立に向けた公的支援メカニズムが導入されているが、融資対象になり得る(バンカブルな)包括的なビジネスモデルを開発しているのは、排出事業者とCO2輸送・貯留事業者(T&S事業者)それぞれを対象とした財務支援枠組みと、政府による主要事業リスクからの保護を提供する英国だけであるという。
オランダでは今年4月、同国初のCO2輸送・貯留インフラ開発プロジェクト、Porthos CCS[2]がロッテルダム港で着工した。同港地域の産業排出者が回収するCO2を北海海底の枯渇ガス田に貯留する。ビジネスモデルの柱は補助金スキーム、SDE++[3]で、EU ETS(EU排出量取引制度)の炭素価格とCCS導入・運用コストの差額を、入札により選ばれた、CO2回収設備を導入・貯留する事業者に交付する。T&S事業者向けの補助金スキームはないが、SDE++の補助金がCO2回収設備の導入・運用への補助と、CO2輸送・貯留(T&S)事業者に支払うT&S利用料金からなるため、間接的にT&S事業者への支援が含まれる[4]。
オランダ会計検査院は、Porthos CCSの着工に先立ち、政府、T&S事業者、及び産業排出者(T&S利用者)の同プロジェクトの財務分析を行った[5]。本稿では、この分析を紹介する。
プロジェクト概要
オランダ政府及び市が所有する[6]、EBN(石油・ガス会社)、Gasunie(ガスインフラ・輸送会社)、ロッテルダム港湾局によるコンソーシアム「Porthos CO2 Transport and Storage C.V.(以下、Porthos社とする)」が総額13億ユーロを投じ、30 kmの陸域パイプライン、CO2圧縮ステーション、約22 kmの海底パイプラインを建設、産業排出者が回収したCO2を、TAQA社の3つの枯渇ガス田に圧入する。稼働予定は2026年で、ロッテルダム港にプラントを有するShell、Air Products、ExxonMobil 及びAir Liquideの 4社とインフラ利用契約を結んでいる。貯留容量枠はこれら4社で完売しており、2042年までに合計最大3,760万トンのCO2を貯留・圧入し、施設を封鎖する。
インフラ建設段階における窒素の排出に関して環境団体から提訴されたことにより最終投資決定が大幅にずれ込んだ。また、TAQAの天然ガス田にわずかに残存するガスの補償金が昨今のガス価格の高騰により予想以上に膨むという不測の事態も発生している。
Porthos社のリスク便益分析
同社は当初、インフラ稼働の15年間で6.6%の投資に対するリターン(IRR)を目指していた。しかし、訴訟によるプロジェクトの遅延、残存ガス補償金の高騰、及び設備コストの上昇によりコストが増大し、2023年9月の最終投資決定時の予測リターンは2.2%である。
Porthos社と産業排出者間の事業リスクの分配について、会計検査院が指摘する問題の一つに、T&S利用料金に上限が設定されていることがある。この料金には不測のリスクに対応するためのリスクサーチャージが含まれているが、それを使い切った場合、Porthos社は新たなリスク発生時にT&S利用者にコストを転嫁することができない。実際、訴訟によるプロジェクト遅延や残存ガス補償により、リスクサーチャージはほぼ使い切っているという。
産業排出者の財務分析
会計検査院が最も問題視したのは、炭素価格がCCSコストを上回ると産業排出者(SDE++補助金受領者)に過度のリターンが生じることである。産業排出者は、CO2を回収・貯留することで、EU ETSの排出枠の購入の回避や無償割り当て枠の売却により利益を得ることができる。SDE++には、産業排出者のリターンがオランダ環境評価局(PBL)の推奨する7.5%を大幅に超えた場合の補助金減額の仕組みが含まれているが、炭素価格がCCSコストを上回り、補助金がゼロの場合の過剰な利益を払い戻す仕組みがない。
Porthos T&S利用者に補助金交付が決定した2020年6月時点では、2026年(稼働予定年)のCO2予想価格は26ユーロ/tCO2で、予測リターンは9.7%であった。しかし、最終投資決定がなされた2023年9月時点ではCO2予想価格は90ユーロ/tCO2に跳ね上がり[7]、予測リターンも34.2%に増大している。
政府にもたらすコストと便益
高い炭素価格は、政府の収入にもポジティブな影響をもたらす。政府の主な支出はSDE++による補助金になるが、炭素価格がCCSコストを上回れば補助金を支払う必要はない。更に、Porthos社及び産業排出者4社がPorthosプロジェクトから得る利益に課せられる税収が牽引役となり、政府には13億8,000万ユーロの収入が見込まれる。プロジェクトのCO2施策としての効率性も、2020年時点の炭素価格の予想では、35ユーロ/回避CO2トンのコストであったが、2023年9月時点では、予想される炭素価格の上昇により28ユーロ/回避CO2トンの収入になると計算された。
政府は2062年以降の貯留サイトのCO2漏洩リスクを一手に引き受けるが、会計検査院は、漏洩事故などの対処費用が10億ユーロ以内に抑えられればプロジェクトは黒字を維持でき、費用が300億ユーロに膨らんだとしても政府のSDE++の効率性基準である300ユーロ/回避CO2トンを上回ることはないとしている。
会計検査院のプロジェクトの評価
会計検査院は、同プロジェクトは政府に利益をもたらす費用対効果の高いCO2削減事業であると一定の評価をしているものの、Porthos社、産業排出者、政府の間のリスクと便益の配分が公平でなく、政府が得る便益は晒されているリスクの割に小さいと結論付けた。そして、今後実施されるCCSプロジェクトでこのような事態が繰り返されてはならないとし、SDE++スキームの見直しや、T&S事業者に付与するCO2貯留ライセンスにCO2価格に連動させたライセンス年間料金(コストはCO2排出企業に転嫁)を導入することを検討するよう政府に促している。
T&S事業者のリスク負担及びビジネスモデルの見直しも必要であろう。同プロジェクトはCCS市場活性化のための政府の戦略的プロジェクトとして位置づけられているが、今後は民間主導のプロジェクトも期待される。既に、ロッテルダム港では次のCCSインフラ開発プロジェクトが民間主導で進められている[8]。今月、気候変動対策に後ろ向きな連立政権が誕生したオランダではあるが、今後どのように、より公平でバンカブルなCCSビジネスモデルを発展させていくのか注目されるところである。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[1] https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/nl/Documents/finance/deloitte-nl-fa-ccs-seeking-bankable-business-model-final-19112023.pdf
[2] https://www.porthosco2.nl/
[3] 元々2006年に再生可能エネルギーを支援するSDEとして発足、2020年にSDE++として支援対象にCCSも含まれるようになった。
[4] Porthos CCSの利用料金は、SDE++の妥当な財務的リターンとして、オランダ環境評価局(PBL)が推奨する7.5%をベンチマークとし、Porthosの提示する料金の妥当性についての独立専門機関による検証結果を踏まえ、最終的に政府とPorthosの交渉を経て決定された。
[5] https://english.rekenkamer.nl/latest/news/2024/03/28/if-co2-prices-go-up-industry-benefits-most-from-porthoss-carbon-storage-under-the-north-sea
[6] EBNは経済気候政策省(EZK) が100%所有、Gasunieは財務省が100%、ロッテルダム港湾局は財務省(約30%)およびロッテルダム市(約70%)が所有する。
[7] 過去最高の100ユーロ/tCO2を記録した 2023年の平均価格は約80ユーロ/tCO2である。
[8] Aramis CCSプロジェクト。https://www.aramis-ccs.com/