1. 規制と現状
EUにおけるトラック、市バス、長距離バスなどの大型車の数は、自動車保有車両数の約 2% に過ぎないが、EUの陸上輸送部門の温室効果ガス排出量の25%、EUの温室効果ガス総排出量の6%以上を占めている。[i]
欧州委員会は大型車のCO2排出基準強化を目的に、2023年2月14日に、新規に販売する大型車両のCO2排出基準に関する規制の改正案を発表した。大型車のCO2排出量削減の従来の目標は、2025年までに2019年比15%減、2030年までに30%減というものであったが、改正案では2030年までに45%、2035年までに65%、2040年までに90%の削減を求める厳しい内容となっている。[ii]
トラック部門を見ると、ゼロ・エミッショントラックへの移行は進みつつあるが、その歩みは遅く、市場ではディーゼル駆動の大型車両が依然支配的である。2022年に新規登録されたトラック車両274,058台のうち、96.6%をディーゼルトラックが占めた。電動トラックは前年度から32.8%の伸びを記録したものの、新規登録車両数のわずか0.6%(1656台)に過ぎない。天然ガス、LPG、エタノールなどの代替燃料を動力とするトラックは新規登録車両数の2.8%(7915台)であった。
欧州自動車工業会(ACEA)によれば、2030 年までにCO2を45%削減するには少なくとも年間10万台のゼロ・エミッショントラックが新規登録される必要がある。これに伴うインフラとして、7年以内にトラック対応の充電器が5万台以上(高性能のメガワット充電システム約3万5千台を含む)、約700カ所の水素充填ステーションを新たに稼働させる必要があるという。[iii] 充電ステーションや水素補給ステーションなどのインフラ不足により、ゼロ・エミッショントラックの普及が遅れる可能性が指摘される。
2.バイオ燃料、HVO(水素化植物油)
こうした中、インフラを大きく変えることなくCO2排出量削減につなげることができるバイオ燃料を利用する動きが注目される。特に、低コストで高いCO2排出削減につなげることのできるバイオ燃料としてHVO(水素化植物油)である。
大型車の化石燃料ディーゼルを代替する燃料には、主に、バイオディーゼルFAME(脂肪酸メチルエステル)とHVO(水素化植物油)がある。EUのディーゼル規格EN590により、FAMEの化石燃料ディーゼルとの混合比率は最大7%と定められており、7%以上の混合率での利用にはエンジンの改造が必要となる。一方、HVOは化石燃料ディーゼルと同様の化学組成であるため既存のディーゼルエンジンを改造することなく、濃度100%で、あるいは化石燃料ディーゼルと混合して使うことができるドロップイン燃料である。100%HVOを使用した場合、化石燃料ディーゼルと比較してCO2排出量を90%削減することができる(Neste社のHVOでEU再生可能エネルギー指令(2018/2001/EU)に準拠して算出)。[iv] 車両への追加投資を行うことなく排出量を削減できる他、低温に耐えられ、長期保存が可能、というメリットもある。主に使用済み食用油などの廃棄物を原料として製造され、再生可能ディーゼルとも呼ばれる。
HVOは道路輸送用の燃料としてだけではなく船舶、鉄道、発電、暖房にも利用されている。最近では航空機用のジェット燃料としても注目を集め、需要拡大が見込まれ、HVOの世界の生産量は拡大している。2021年、EUのHVO生産能力は330万メートルトンで、世界第一位であった。[v] 欧州最大のHVO生産者はフィンランドのNesteであり(2020年の生産量153万メートルトン)、イタリアのENIが第二位である(2020年の生産量106万メートルトン)。
3.HVOによる物流の低炭素化の事例
トラックメーカー各社(MAN、Scania、DaimlerTruck、VolvoTrucks、RenautTrucks、DAF、Iveco)は、電動トラックや燃料電池トラックに加え、低排出車両の選択肢の一つとしてHVOを含む複数のバイオ燃料に対応したエンジンオプションを顧客に提供している。HVOを利用した輸送のグリーン化の試みを以下、いくつか例に挙げる。
2023年9月、フランスのCEVA Logisticsは、トヨタモーターヨーロッパ向け自動車部品のロジスティックスを担うトラックをHVOに切り替え、年間1200トンのCO2削減につなげると発表した。同社は物流の脱炭素化の取り組みとして、電動車両、燃料電池車の導入、バイオ燃料の使用に取り組んでいる。
BMW グループは、2022年12月からNeste社のHVOを使用したパイロットプロジェクトを開始した。100%HVOを利用したトラックで、ドイツのLandauとミュンヘン工場の間の部品輸送を行う。10台の車両で、年間800トンのCO2削減ができると見積もる。[vi]
コカ・コーラ・ヨーロピアン・パートナーズ社(CCEP)は、2022年3月、オランダ国内で第三者に委託している輸送で利用する全車両について、Neste社の100%HVO燃料に切り替えることを発表した。同社は、2030年までに温室効果ガス排出量を30%削減するという目標を掲げ、スウェーデンや英国でもHVO燃料への切り替えを進めるなど低排出車による輸送に取り組んでいる。[vii]
コストやインフラ整備、航続距離といった制約から、ゼロ・エミッション大型車の導入スピードは乗用車に比較して遅い。HVOには、ゼロ・エミッション大型車に切り替わるまでの過渡的な低炭素燃料としての役割が期待される。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[i] https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_23_763
[ii] https://climate.ec.europa.eu/eu-action/transport/road-transport-reducing-co2-emissions-vehicles/reducing-co2-emissions-heavy-duty-vehicles_en
[iii] https://www.acea.auto/press-release/truck-and-bus-co2-standards-ambition-levels-for-all-stakeholders-must-be-aligned/
[iv] https://www.neste.com/products/all-products/renewable-road-transport/key-benefits
[v] https://www.statista.com/statistics/1297118/hvo-biodiesel-production-worldwide-by-key-country/
[vi] https://journeytozerostories.neste.com/references/bmw-group-piloting-neste-my
[vii] https://biofuelscentral.com/coca-cola-company-netherlands-trucks-hvo-100-biofuel/