静岡県がインフラに関わる難題に直面している。熱海市で発生した大規模な土石流や、大井川水系の水資源保全に関わるリニア中央新幹線の建設工事のことである。県内には東名高速道路や東海道新幹線が走り、コンセッションによる空港や原子力発電所もある。重要インフラが密集しているこの地域で、南海トラフ地震の発生確率が10年以内に30%、30年以内に70~80%と推定されている。
このような状況下、インフラ整備や保全対策、防災に学術的・専門的な知見や経験に基づいた対策が必要であるにも関わらず、県内の大学にインフラ分野の根幹的な学問たる「土木工学科」(社会基盤工学科)が存在しないのは、いったいどうしたことだろう。
熱海土石流の連日の報道で、原因についてコメントをしている土木工学の専門家は、ほとんどが静岡県外の方々だ。リニア中央新幹線の静岡工区有識者会議でも、土木工学の専門家として入っているのは、東京の大学教授である。地域の重要課題に対して、自然や災害・事故の歴史を熟知して土木工学の知見を有する地元の専門家が不在であることを、問題認識として持つべきではないだろうか。
これらの例だけではない。数年前に、静岡県が「橋梁中長期管理計画」を策定する際に学識経験者として意見を求めたのは、隣接の山梨県や愛知県の大学教授であった。県内のインフラ整備の方向性や妥当性に関する意見聴取を、他県の専門家に頼らざるを得ないのは望ましい状況ではない。
地震や洪水による災害は至る所で発生し、頻度は高まる傾向にある。老朽化しているインフラも多い。災害や事故を「防ぐ・減らす」ためのインフラ整備・維持管理は、地域の財政状況や人材、技術の習熟度など、インフラを取り巻くリソースも影響してくる。近年では、地域の大学が地元の自治体や企業と連携してインフラ維持管理の専門人材(メンテナンス・エキスパート)の育成に取り組んでいる例もある。専門知の蓄積拠点であると同時に、担い手育成の観点から地域の大学には新たな役割も求められている。静岡県内の大学に、土木工学科(社会基盤工学科)の新設を望む。
と、ここまで書いたところで、念のため、ウェブサイトを検索したところ、「2022年静岡に初の土木工学科(仮称)を設置 静岡理工科大学」の見出しが出てきた。私立の同大学で来年から50人の募集を始めるようだ。しかし、上述の通り、インフラ産業のキープレイヤーとして、地域の大学は新たな役割も求められている。再エネの有望分野である洋上風力発電では担い手の一角を占め、ロボットやドローン、AI(人工知能)、デジタル技術の導入先として、インフラ分野はイノベーションの最先端産業に変貌しつつある。道路や河川、港湾、上下水道といった伝統的なインフラとグリーン技術やデジタル技術との融合が必須になって来る。質、量ともに市場動向に見合った人材を育成・輩出するために、県内の他大学でも教育内容や学科編成を見直す必要があるだろう。
リニア中央新幹線の例を見るまでもなく、長期にわたって社会・経済・環境に影響を与えるインフラの開発者・事業者は、時間がたってから「想定外の事態が起こった」と弁明することのないよう、専門知によってリスクを最小化しなければならない。インフラ投資の観点からも、静岡県に限らず、地元専門家不在リスクは解消・回避すべきである。