ドイツのフランクフルトで3月半ば、サニタリー・熱エネルギー設備の国際メッセ「ISH(International Sanitary and Heating)」が開かれた。隔年で開催される同展示会は、新型コロナ禍最中の2021年が中止となったため、4年ぶりに業界が最新商品・ソリューションを一同に披露する場となった。開催5日間の入場者数は145か国約15万4,000人(国外比率44%)、出展者数は54か国2,025社(同72%)で、前回より約2割減ったものの非常に盛況だった。住宅給湯暖房の排出ニュートラル実現の重要なけん引力とされるヒートポンプを中心に、潜熱回収型ガス給湯器、バイオマス暖房機、コジェネレーションシステムなどに加え、ソーラーサーマル、燃料電池暖房システム、地域暖房ソリューションなど排出削減に貢献する様々な技術刷新が展示された。
「まるでゴールドラッシュだ」― 最大規模の展示スペースを構えるドイツ暖房設備業界最大手Viessmannの混み合い様を、業界のシステムエンジニアが愉快そうに描写した。自然溶媒R290(プロパンガス)を採用した最新ヒートポンプ式給湯暖房機や、20~30%水素混合ガス対応(H2ready)の潜熱回収型ガス給湯暖房機にビジターの関心が集まった。ガス装置は将来的に簡単な操作で100%に水素対応できるよう開発を進めている。パナソニックとの提携で燃料電池暖房機も導入するなど、同社は水素ソリューションにも力を入れている。
ヒートポンプ販売急成長 ― 主流は依然としてガス暖房装置
ドイツのCO2排出量の20%近くは、建物の暖房に由来する。住宅部門では現在、暖房システムの5割がガス、25%が石油、6%がバイオマス等を燃料とし、14%が地域暖房網に連結している。近年、手厚い公的助成措置を追い風にヒートポンプ式給湯暖房機が急成長しているものの、電気ヒーターと合わせて5%の電化率にとどまる[1]。ドイツ暖房システム産業連盟(Bundesverband der Deutschen Heizungsindustrie=BDH)によると、2022年に国内で販売された給湯暖房装置約98万台(このうち買い替え需要は約9割)のうち、ヒートポンプ式は前年比53%増の23万6,000台で、引き続き急成長している。一方、ガス暖房システムは買い替えのケースで人気が高く、8%減少したものの59万8,000台販売され、依然として主流の暖房システムである[2]。というもの、これはヒートポンプの初期投資コストがガス装置に比べ大幅に高いからである。これに加え、ヒートポンプが電力効率良く稼働するには建物自体が省エネ構造で熱効率が良いことが前提となる。従って、古い家屋では断熱などのエネルギー効率向上措置が必要となるが、そのような投資は多くの所帯にとって大きな経済的負担となる。
国内約1,200万台の老朽化した暖房装置の刷新はCO2削減のための重要課題である。ガス暖房の6割、石油暖房の7割が使用年数20年を超えると見られ、30年経った装置は取り換える義務があるため、買い替え需要が今後急拡大するのは確かである。政府のヒートポンプ設置目標「2030年600万台」に対し、現在の設置台数は約140万台。連邦ヒートポンプ連盟(Bundesverband Warmepumpe)は、2024年の新設台数が50万台を超えると予測する。業界は需要拡大に備え生産能力増強に投資している[3]。まさにゴールドラッシュである。
建物熱エネルギー法改正
ヒートポンプ市場拡大の新たな追い風は、今年法制化予定の建物熱エネルギー法(Gebaudewarmegesetz)の改正である。再生可能エネルギーへの転換を加速させるのが目的で、新設の暖房装置は最低65%再生可能エネルギー源を利用しなければならないという新規定が盛り込まれる。直近のエネルギー危機を背景に、この規定の施行時期は当初計画の2025年から2024年に繰り上げられる[4]。新法案は経済困窮所帯などへの義務免除特例、投資助成措置、移行期間など、国民への負担を軽減する措置を考慮して、経済気候省と建設省が合同で策定する。ところが3月初め、ハーベック経済相が2024年からガス暖房・給湯装置の新設禁止を考えているとの報道が流れ、業界や国民から批判と不安の声が噴出した。月末に行った連立政権政党の政策協議の結果、排出低減につながる機器を奨励すること、低所得層の負担にならないように老朽化した機器の交換を進める」という基本方針を表明し、この問題はひとまず落着した。
将来の熱エネルギー市場の多様化
ISHの開催中、エネルギー問題のシンクタンク、House of Energyが「エネルギートランスフォーメーション」会議を主催した。熱エネルギーの分科会では、排出ニュートラルは再生可能エネルギー大幅拡大により電化を加速させるだけでは実現出来ないという認識で進められた。 “ヒートトランスフォーメーション(Warmewende)”では、水素やバイオガスなど代替燃料の利用や地域暖房網、廃熱利用など多様な可能性を追求するとともに、ヒートポンプと水素対応ガス暖房装置など他の熱供給システムとのハイプリッドシステムなどエネルギー効率化に貢献するソリューションにも注目すべきである。
※この記事は、英国のロンドンリサーチインターナショナル(LRI)の許可を得て、LRI Energy &
Carbon Newsletterから転載しました。同社のコンテンツは下記関連サイトからご覧になれます。
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[1] Bundesverband der Energie- und Wasserwirtschaft(連邦エネルギー・水道事業連盟) HP https://www.bdew.de/presse/pressemappen/waermewende/
[2] BDH HP 2023年2月13日付 Jahresbilanz 2022 https://www.bdh-industrie.de/presse/pressemeldungen/artikel/jahresbilanz-2022-heizungsmarkt-boomt
[3] Bundesverband Warmepumpe 2023年1月26日付 News https://www.waermepumpe.de/presse/news/details/branchenstudie-2023/#content
[4] 連邦経済気候省(WMWK) HP Energiewende https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Textsammlungen/Energie/gesetzesentwurf-gebaudeenergiegesetz.html#:~:text=Grunds%C3%A4tzlich%20muss%20ab%20dem%201.1,mindestens%2065%25%20erneuerbare%20Energie%20nutzen